最新記事

リビア

「打倒カダフィ」血のシナリオ

これまでのエジプトやチュニジアと違い、リビアの反政府デモは大量の死者を出す危険がある

2011年2月22日(火)17時44分
ダニエル・バイマン

往生際は カダフィは、エジプトのムバラクのようには引き下がらないかもしれない Osman Orsal-Reuters

 最高指導者ムアマル・カダフィ大佐が権力の座について40年以上。大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国(リビア)の独裁体制は終わりを迎えるのか。リビアからの報道は断片的でときに矛盾するものだが、どれもカダフィ体制が危機的状況にあることを示している。

 リビアで2番目に大きな都市ベンガジはデモ隊の手に落ち、彼らは嬉々として反体制のスローガンを叫んでいる。首都トリポリは混乱状況にあり、建物は放火され、警官は姿を消した。かつて政権に忠実だった部族の大物や政界のエリートは反体制派に回っており、リビア軍の一部も離反し始めた。

 しかし終わりはまだ見えない。カダフィの息子で後継者とされるサイフ・アルイスラム・カダフィは2月20日の演説で「ここはチュニジアでもエジプトでもない」と語り、「最後の瞬間まで、銃弾が最後の一発になるまで戦う」と警告した。これまでは欧米に向けて人権や市民社会について語り、「リビア政府のまともな面」を見せるのがサイフの役割だった。その好人物が地獄の到来を予告するということは、政府がデモ鎮圧に本気だということだろう。

 実際、リビアはすでに内戦に陥っているように見える。政府はデモ参加者を無差別攻撃し、数百人が死亡。政府は報道規制を行い、携帯電話やインターネットへのアクセスを制限しているため、正確な死亡者数ははっきりしない。だが、政府が簡単に諦めるつもりがないことだけは明らかだ。

団結意識の低いリビア国民だが

 肝心なのは、反政府の立場を明らかにしていない部族や軍の大物の忠誠を、カダフィ家が維持できるかどうかだ。報じられるところでは、ムスタファ・アブドゥル・ジャリル法相は「過剰な暴力が行われている」として政権を非難した。さらに、様々な駐外国大使がカダフィを見捨て始めたようだ。こうした人々は流血の事態に愕然としたのかもしれない。しかし強い倫理観の持ち主がリビアで出世できたはずはないから、重要な地位にある彼らが造反するのは「カダフィ体制もそう長くない」とみているからだろう。自己の利益を考えて、沈みつつある船から脱出しているのだ。

 カダフィは国民の対立をあおりながら支配するという「分割統治」を行ってきた。そのためリビア人は政治的に連携することに慣れていない。エジプトやチュニジアの場合、軍は独立組織としてのプライドを持っていたし、政権への憎しみが多様な勢力を結びつけた。一方のリビア軍は政権との結びつきが強い。しかもリビア国民は歴史的に団結意識が低いため、離れた都市にいる人々が反政府運動で協力しにくい。政府の激しい暴力が国際的なメディアの目にさらされていないことも問題だ。

 今の反政府勢力に必要なのは結束することだ。デモ隊は数で勝っているが、カダフィ支持者には銃がある。軍からの離脱者が増えれば勢力バランスは変わるだろうが、中東では銃を持った少数派が自分たちの考え方を多くの人々に押し付けるケースがあまりに多い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:深刻化する世界の飢餓、支援責任果たさぬ大国に

ビジネス

バイデン米大統領、日鉄のUSスチール買収阻止 安保

ワールド

トランプ氏、10日に量刑言い渡し 不倫口止め事件 

ビジネス

米国株式市場=反発、ハイテク株高い USスチール売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを拒否したのか?...「アンチ東大」の思想と歴史
  • 2
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...ミサイル直撃で建物が吹き飛ぶ瞬間映像
  • 3
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡...池井戸潤の『俺たちの箱根駅伝』を超える実話
  • 4
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 5
    韓国の捜査機関、ユン大統領の拘束執行を中止 警護庁…
  • 6
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 7
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 8
    中高年は、運動しないと「思考力」「ストレス耐性」…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    「これが育児のリアル」疲労困憊の新米ママが見せた…
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 3
    JO1やINIが所属するLAPONEの崔社長「日本の音楽の強みは『個性』。そこを僕らも大切にしたい」
  • 4
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 5
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 6
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 7
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 8
    「弾薬庫で火災と爆発」ロシア最大の軍事演習場を複…
  • 9
    スターバックスのレシートが示す現実...たった3年で…
  • 10
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中