W杯開催国決定の地政学的意味
資本主義と民主主義の国家モデルは後退し、これからは先進国が新興諸国の流儀に合わせることになる
本気のスポーツは銃弾の飛び交わない戦争だと看破したのは、偉大な作家ジョージ・オーウェル。英国サッカー界の伝説的監督ビル・シャンクリーに言わせれば、サッカーは生き死にの問題ではなく、それ以上だ。
それほど大事なことならば、2018年と22年のワールドカップ開催国の選考過程を振り返ってみることにも意味があるだろう。先日の投票で、ロシアとカタールはアメリカとイングランド、日本に圧勝した。08年の世界金融危機後の地政学的な現実に照らせば当然の結果。金余りの新興諸国が借金漬けの先進諸国を蹴落とすぐらい朝飯前だ。
落選組は審判の判定にブーイングで応えた。アメリカのバラク・オバマ大統領は、いささか傲慢にFIFA(国際サッカー連盟)の選択は間違っているとコメントした。これにはFIFAが、サッカー界にとって有望な新市場を開拓するという戦略に基づいた決定だと反論している。イギリスには不正工作を指摘する声もある。そうでなければ事前の評価でトップだったイングランドが最下位になるはずがないというわけだ。
ありそうな話だが、サッカーもビジネスである以上、高成長の期待できる新興国市場に注目するのは当然だろう。世界銀行によれば、向こう20年間に見込まれる経済成長の62%はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)からもたらされ、G7諸国の貢献率は13%にすぎないとか。つまり、試合の放映権料やスポーツウエア、その他関連商品の売り上げで今後も大きく稼げそうなのは、古い大国ではなく新興国市場なのである。
サッカーが新興経済圏に引かれる理由はほかにもありそうだ。もともと資金面の不透明さを指摘されているFIFAが、英国政府に開催したければマネーロンダリング規制の適用除外を保証するよう求めていたというのも興味深い。FIFAのジョセフ・ブラッター会長は投票直前のスピーチで、英国メディアの調査報道への警戒感を訴えた(実際、英紙の報道で収賄容疑を暴かれた2理事は投票に参加できなかった)。
ポスト冷戦の常識は過去のものに
ロシアで開催すれば、そんな心配は要らない(ウィキリークスが暴露したアメリカ政府の公電によれば、ロシアではマフィアと政府が裏で通じているらしい)。カタールにも、うるさいメディアや強力な野党は存在しないに等しい。
サッカーだけではない。産業界も新興国市場に秋波を送っている。そこではこの先も莫大なインフラ整備需要が見込まれているし、その入札では欧米諸国の大手企業が新興国の有力企業と初めて競り合うことになるはずだ。
アメリカ勢やイギリス勢は、そこでも敗退するのだろうか。これもウィキリークスの暴露ネタだが、アンドルー英王子は英防衛産業大手とサウジアラビアの取引をめぐる不正の調査など「ばかげたこと」だと言い放ち、新興国市場で何とか足場を築きたい実業家たちの喝采を受けたという。