最新記事

軍隊

ドイツ徴兵制廃止の思わぬ副作用

徴集兵になりたくない若者の義務だった社会奉仕活動がなくなれば、経済の一部がマヒしかねない

2010年10月7日(木)15時53分
クリスタ・カプラロス

福祉と一体 国防費削減のための徴兵廃止が福祉の削減に直結? Thomas Peter-Reuters

 高齢者介護施設で食事時間のケアを担当する。幼稚園で園児を集合させる。外国の被災地に救援食料を送る──。

 ドイツでは毎年、9月から半年にわたって6万人以上の若い男性がこうした社会奉仕活動に従事する。6カ月間の兵役に就く代わりだ。良心的兵役拒否などで軍での勤務を拒んだ人たちは、わずかな報酬で福祉を支える「兵力」になっている。

 この「民間役務」と呼ばれる慣行が徴兵制と共に廃止される可能性が出てきた。

 カールテオドール・グッテンベルク国防相は今、徴兵制の廃止に向けて動きだしている。連邦軍の兵力25万人のうち徴集兵は約7万2000人だ。国防省報道官によると、先週グッテンベルク国防相はアンゲラ・メルケル首相と議会に対して5通りの連邦軍改革案を提示した。それによると兵力は15万〜21万の範囲だ。

 徴集兵を残すシナリオもあるが、国防相自身は徴兵制の全廃に傾いているという。徴兵の法制度は残すが、新規徴兵は停止するという考えで、議会は今年秋に結論を出すとみられている。

 今も徴兵制を何らかの形で残している西欧の国は少ない。ドイツのほか、オーストリアやデンマーク、ノルウェー、スイスなどだ。

 グッテンベルクは軍の合理化を図るというが、同時に国防費も削減できる。一方、民間役務局のローラント・ハルトマンによると、徴兵制の廃止は社会福祉のコスト増を招きかねない。「徴兵制がなくなったら大変だ。病院や幼稚園の経営が難しくなる」

徴集兵は半人前の兵士

 ドイツは第二次大戦後に非武装化されたが、冷戦時代に共産圏に対抗するため再軍備を許され、成人男性の徴兵制を導入した。当時から良心的兵役忌避により奉仕活動を選ぶ道があったと、米現代ドイツ研究所のジャクソン・ジェーンズ所長は言う。

 現行の制度では期間が当初の12カ月から6カ月に短縮されている。6カ月では専門的な訓練が十分にできず、一人前の兵士になれないという問題がある。外国でNATO(北大西洋条約機構)の任務に就くドイツ兵は全員が志願兵だ。

 今年の徴兵対象はドイツ全土で45万人程度。健康上の問題で不適格と判定された人や、神学などが専門の大学生には兵役の義務はない。兵役より民間役務を選択する者も多く、入隊者は徴兵対象者の約16%だった。

 民間役務を選んだ若者たちは「病院内で患者の移動に手を貸したり、手術直後の回復室で患者の意識が戻るのを待ったり」といった仕事に就くと、民間役務局のハルトマンは言う。

 民間役務はドイツ経済の一部として定着している。政府の補助があり、利用する側はわずかな報酬を払えばよかった。民間役務がなくなれば、これに頼ってきた非営利機関などにとっては大きな打撃になるとハルトマンは指摘する。

 政府は何らかのボランティア奨励制度を設けるべきだとハルトマンは考えている。「社会奉仕の重要性と魅力をPRする必要がある」と米現代ドイツ研究所のジェーンズは言う。「若者の多くはやりがいのある仕事を求めている」

 実際、奉仕活動に興味を持っている若者は少なくない。19歳のシャヒン・ザケトもその1人だ。彼はEU(欧州連合)で働きたかった。兵役の代わりの民間役務としては、EUのオフィスの雑用係や外国での開発事業への派遣などを希望することができる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 5
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 6
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 9
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中