最新記事

中東

ウィキペディア上に飛び火した中東紛争

「ガザ支援船攻撃」などの項目をめぐり、書き直しを狙うイスラエルと阻止を誓うパレスチナの戦争が始まった

2010年9月1日(水)16時12分
ラビ・ソマイヤ

 8月半ば、イスラエルの右派団体が、誰でも編集作業に加われるネット上の百科事典ウィキペディアの編集法を指南する教室を行っていることが報道された。目的は、ウィキペディアを少しシオニスト(ユダヤ主義)寄りに書き換えることだ(例えば、5月にイスラエル軍がパレスチナ自治区ガザへの支援船団を襲撃・拿捕し、トルコ人など10数名の乗員が死亡した「ガザ支援船襲撃」の項目など)。

 これを聞いたパレスチナ側の団体は黙っていない。ウィキペディアを監視し、イスラエルとは違う方向に記述を編集すると発言している。

 これは、緊迫した情勢が続くイスラエルとパレスチナの間で勃発した「PR戦争」だ。イスラエルの右派団体で、ヨルダン川西岸とガザ地区の入植者組織「イエシャ会議」は、8月17日に最初の教室を開いた。青年組織「イスラエルシェリ」も、8月半ばに教室をスタートした。

 イエシャ会議は先ごろ、「ベスト・シオニスト編集者」賞を設けたことも明らかにした。今後4年間で、ウィキペディアを最も「シオニスト的」に編集した人に、イスラエル上空の熱気球の旅をプレゼントするという。

 どちらの団体からも代表者のコメントは得られていないが、イエシャ会議のナフタリ・ベネット理事長は、イスラエルのハーレツ紙にこう語っている。「インターネットは適切に運営されているとは言いがたい。ネット上のイスラエルの姿は、あきれるようなものばかりだ。トルコの(ガザ)支援船を例にとるといい。事件発生から最初の数時間、イスラエル側が発した情報はどこにも見当たらなかった。この数時間の間に、数百万人の人々が『ガザ支援船』をキーワード検索してウィキペディアに書かれたイスラエル批判を読んだ」

ボランティア編集者の良心が頼りなのに

 一方、パレスチナ・ジャーナリスト協会のアブド・アナサール会長は8月29日、パレスチナの各種団体に徹底抗戦を呼び掛けているとハーレツ紙に語った。アナサールはこの戦いを「PR戦争」と称している。

 ウィキペディアは、ボランティア編集者による公平な編集や事実確認作業に誇りをもって運営している。その概念は、「一方に偏った編集手法」とは程遠い。

 ウィキペディアの中で、議論を呼びそうな重要項目の多くは注意深く編集されている。だがイスラエルの団体は、一見あまり目立たない項目にまで狙いを定めているという(例えば「ユダヤ人家族」など)。

 ウィキペディアの共同創始者ジミー・ウェールズは、今のところ本誌の取材要請に回答していない。だが昨年末の電話インタビューでは、ウィキペディアは「われわれが重要な意味のあるものに作り上げようとしている媒介」であり、ボランティア編集者の良心に頼って運営されている、と語っていた。

「世界には新しいソフトウエアやテクノロジーが山ほど存在する」と彼は言った。「だがそれを悪い目的だけで使うのだとしたら、何の役にも立たないだろう」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、ゼロ金利維持でマイナス金利回避の見込み

ワールド

マクロン仏大統領、中国主席と会談 大規模なビジネス

ワールド

米議員、戦争権限決議案提出 「近く」ベネズエラ攻撃

ワールド

EU、リサイクル可能な電池・レアアース廃棄物の輸出
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中