ハリーの魔法はどこへ消えた?
フロリダ州に6月オープンしたファン待望の「ハリー・ポッターの世界」。期待を胸にさっそく訪れてみると……
マグルの歓声 ザ・ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッターは大勢の来園者でにぎわっているが Scott Audette-Reuters
6月18日、フロリダ州オーランドのユニバーサル・オーランド・リゾートの中に、新しいテーマパーク「ザ・ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター(ハリー・ポッターの魔法世界)」がオープンした。
早速足を運んでみたが、結論から言えば期待外れだった。理由を納得してもらうためには、このテーマパークで私が唯一感心した出来事を紹介することから始めたほうが分かりやすいだろう。
「オリバンダーの杖の店」というアトラクションを訪れたときのこと。来園者の一団がうやうやしく中に入っていく。明るい陽光が降り注ぐ騒々しい屋外と打って変わって、狭くて薄暗い空間だ。緊張した面持ちの20人ほどの子供と親たちに向かって、厳かな年配の男性が朗々としたイギリス英語で語り掛ける。「ようこそ、オリバンダーの杖の店へ」
突然、老人が1人の男の子をじっと見据える。「君は杖を必要としている」
男の子は黙ってうなずく。年は10歳くらい。白いTシャツにクロックスのサンダルという服装で、ブランドンと名乗った。
老人は壁のそばにある箱を手に取り、机越しに男の子の顔をのぞき込むと、箱の中の杖を手渡し、試してみなさいと言った。「あのはしごに向けて杖を掲げるんだ、ブランドン。そして『はしごよ、来い!』と呪文を唱えなさい」
ブランドンは杖の先をはしごのほうに向け、目を見開き、自分なりのイギリス風の発音で言った。「はしごよ、来い!」。その途端に、はしごの奥にある引き出しが乱暴に開いたり閉じたりを繰り返し始めた。「君にふさわしい杖ではないようだ」と、老人は言う。
もちろん、最後には老人がハリー・ポッターにしてやったのと同じように、ブランドンにふさわしい杖を選んでやる(正確に言えば、杖が少年を選ぶのだが)。そしてブランドンの両親は隣の土産物店で、その杖を買うことになる。値段は30ドル。
あからさまなセールスと言えばそれまでだが、そのときブランドンは、自分がハリー・ポッターの魔法の世界の住人になったように感じていたことだろう。そばで見ていた私もそう感じていた。
作り手の想像力が不足
問題は、このような体験を味わえる機会が他にはほとんどなかったことだ。すべてが運営母体のユニバーサル・スタジオのせいだとは言わない。私と妻が訪れた日は38度近い猛暑で、イギリスっぽい雰囲気には程遠かった(もっとも、フロリダという場所を選んだのはユニバーサルなのだが)。
それに、待望の新テーマパークをオープン直後の日曜日に訪ねるという愚を犯したのは私たちだ。園内は息苦しいほどの人の波だった(ただし、私たちは報道関係者ということで、広報担当者に案内されて行列に並ばずにアトラクションを回れた。その点では文句を言う資格はない)。
このテーマパークの本当の問題は、作り手の想像力不足だ。
なるほど、ねじ曲がった煙突や、フクロウ小屋のフクロウのふんの汚れなど、魔法使いの村「ホグズミード」を見事に再現してはいる。しかし、ドラマがない。マグル(魔法を使えない人間)が当てどもなくうろつき、魔法を目撃しようと待ち構えるばかりで、その願いはかなわない。
ああ、私は魔法を見たかったのに! 原作者J・K・ローリングの想像の世界を体験したかった。ホグワーツ魔法魔術学校の生徒や教師たちと会い、魔法や不思議な動物や不可解な出来事に驚かされたかった。魔法が現実になる世界で時間を過ごしたかった。