最新記事

新興国経済

インド大混乱ストに込めた下層の怒り

政府の燃料価格引き上げに抗議する野党の全国ストを支えたのは、経済の急成長から取り残された貧しい人々だった

2010年7月6日(火)17時43分
ハンナ・イングバー・ウィン(ムンバイ)

火付け役 「石油価格を引き下げろ」などと書いた看板を掲げる野党BJPのデモ隊(7月5日、ニューデリー) Mukesh Gupta-Reuters

7月5日、ムンバイにはいつもと違う光景が広がっていた。慢性的な大渋滞が消えた市街の道路で、子供たちが路上でクリケットを楽しみ、バイクが悠々と交差点を突っ切っていく。この日、燃料価格引き上げに抗議して野党勢力主導の全国的なストが行なわれたのだ。

 最大野党のインド人民党(BJP)や左派系勢力が計画し、中間・低所得者層が参加したこのストで、企業や学校は閉鎖され、地上と空の交通が麻痺。全国の都市で暴力沙汰が起き、数千人が逮捕された。

 政府は6月、財政赤字削減という公約を守るため、石油会社への補助金の打ち切りを決めた。この結果、燃料価格は6.7%上昇。既に2桁に達しているインフレ率をさらに1%押し上げると見られている。インディア・トゥデー誌によると、数種の食料品の価格がこの2年間で70%以上も上昇した。こうした生活必需品の価格高騰は貧困層を直撃する。

 インド経済は世界で最速レベルの成長率を誇り、今年は8%以上の成長が見込まれているが、貧困層は取り残されたままだ。世界銀行によると、インドの子供の2人に1人が栄養失調で、世界の貧困層14億人の3分の1がインドに集中している。

ストの損失は6億4000万ドル

 ストを支持しているという建築家で大学教員のスニル・マグダムは、自家用車は燃料費がかさんで頻繁には乗れないため、この日も電車を使った。彼は野党の作戦が成功したとみる。「彼らは今日は団結しているし、一般市民は彼らの味方だからだ」

 ストは、インドの商業・娯楽の中心地ムンバイを直撃した。空港では国内線約90便が欠航し、学校は休校、ほとんどの企業は業務を中止した。鉄道の線路にはデモ隊が立ちはだかり、膨大な数のタクシーとオート三輪が路上からほぼ姿を消した。

 インド産業連盟によると、近年最大規模の今回のストはインド経済に約6億4000万ドルの損失をもたらした。一方でストの効果は不確かだ。プラナブ・ムカジー財務相は、値上げの撤回は「あり得ない」と語り、強気の姿勢を崩していない。

メディアも貧困層を軽視?

 地元のベテラン記者パラグンミ・サイナスは、インドの貧困層は経済成長から取り残されているだけでなく、権力からないがしろにされがちだと言う。

「この15年間、アッパーミドルクラス(中流の上)の利便性を高めるものはすべて安くなってきた」とサイナスは指摘する。「航空券やパソコンや車などは私たちが買えるほどになった。だが米・麦・電気・水道などは300〜500%も値上がりして貧困層を直撃している。メディアはなぜこの事実を報じないのか」

 貧困層が立ち上がるのも無理はないだろう。

GlobalPost.com特約)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:世界M&A、25年は4兆ドル超と4年ぶり

ビジネス

アングル:ヘッジファンド、来年の市場変動に向け「マ

ワールド

アングル:アサド体制崩壊で揺れるシリア人、国境検問

ビジネス

スタバ労組、米3都市で5日間のスト計画 クリスマス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 6
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 7
    「均等法第一世代」独身で昇進を続けた女性が役職定…
  • 8
    クッキーモンスター、アウディで高速道路を疾走...ス…
  • 9
    米電子偵察機「コブラボール」が日本海上空を連日飛…
  • 10
    日産とホンダの経営統合と日本経済の空洞化を考える
  • 1
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 2
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いするかで「健康改善できる可能性」の研究
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 7
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 8
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 9
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 10
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中