最新記事

ウラン搬出

イラン核問題は新興国に任せて?

トルコとブラジルの仲介で事態は急展開──アメリカが絶大な影響力を誇る時代は終わった

2010年7月2日(金)12時44分
マイケル・モラン

 トルコとブラジルが思わぬ外交得点を挙げた。両国の説得で5月17日、イランが低濃縮ウランの一部国外搬出に合意。膠着状態にあるイランの核問題解決に向けた突破口となる可能性もなくはない。 このトルコとブラジルの動きは、ジョージ・W・ブッシュ時代の善悪二元論の世界観では蚊帳の外に置かれていた国々が影響力を強めていることの表れだ。

 今回合意された内容では、イランは保有する低濃縮ウランの半分強に当たる1・2トンをトルコに搬送し、イラン国外で医療用に加工されたウラン燃料と交換するという。放射線治療などの医療目的や原子力発電のためといった「平和的開発」を口実に、イラン政府は尋常ではない量のウラン濃縮を行ってきた。

 もちろん、この口実をうのみにする者はほとんどいない。ヒラリー・クリントン米国務長官は
5月18日、上院外交委員会で、国連安全保障理事会常任理事国5カ国が対イラン追加制裁の米草案に同意したと発表。さらなる制裁を求める米政府の方針に変わりがないことを強調した。

 国際原子力機関(IAEA)も既にイランに対する信頼を失っている。これまでに幾度となく秘密核施設を発見し、常識的に考えれば核兵器製造のためとしか思えない動きもつかんできた。しかし確固たる証拠(核弾頭開発計画を示す文書など)がない以上、IAEAや欧米諸国は何も証明できない。

 どのみち、イラクの大量破壊兵器問題で演じた大失態を思えば、IAEAの主張を信じる者が世界にどれほどいるか。さらにアメリカ(とイスラエル)に対する信用もゼロ。これでイランの嘘八百も煙にまかれてしまっている。

 トルコ・ブラジル案によって、イランの低濃縮ウランの52%を国外に搬送しても問題は解決しない。残りの48%を核兵器の製造に必要な純度85%以上に濃縮するという可能性があるからだ。

IAEA案より甘い合意

 今回の合意そのものよりも重要なのは、トルコとブラジルの大胆さだ。トルコはNATO(北大西洋条約機構)の一員で、インジルリク空軍基地は今もイラク駐留軍を後方支援する重要な拠点だ。しかしトルコは米政府とのかつての緊密な同盟関係から大きく距離を取り始めている。イスラム穏健派が政権を握るトルコ政府はEU(欧州連合)加盟の夢を捨ててはいないが、近年は中東諸国や中央アジアとの関係を優先している。

 トルコは好調な経済を背景にシリアやイラン、遠くはベネズエラや中国に至るまで関係を強化。こうしたトルコの欧米離れに米政府は不安を募らせる。イラク戦争が開戦した03年、トルコ政府が米陸軍によるトルコ領内からのイラク攻撃を拒んでから両国関係は何年もこじれたが、オバマ政権でも昔の関係に戻ることはないだろう。

 ブラジルは一見、米政府と極めて良好な関係にあるが、実際はルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領が難しい綱渡りをうまくこなしている。ベネズエラのウゴ・チャベス大統領と親しくして南米諸国の機嫌を取ったかと思えば、アメリカのヘッジファンドやエネルギー関連の投資家にいい顔を見せることも忘れない。

 今回の合意に対する米政府の態度は冷ややかだった。国務省はトルコ・ブラジル案を歓迎しつつも、昨年10月にIAEAが提示した同様の国外搬出案(イランは一旦受け入れたが、後に撤回)から後退していると評した。

 低濃縮ウランをトルコに移送して加工済み核燃料と「交換」するトルコ・ブラジル案に対し、IAEA案は、フランスかロシアに搬出したイランの低濃縮ウランそのものを再濃縮・燃料加工してイランに「戻す」というもの。IAEA案のほうが制約が厳しく、リスクも少ないとみられている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

4月小売業販売額は前年比+3.3%=経産省(ロイタ

ワールド

プーチン氏が安倍昭恵さんと面会、「元首相の夢は平和

ワールド

マスク氏去ったDOGEは間もなく消滅の公算、元職員

ビジネス

FRB、現在の焦点はインフレ抑制=サンフランシスコ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「地上で最も幸せな場所」に家を買う方法と「必要な覚悟」
  • 4
    中国戦闘機「殲10」が仏機を撃墜...実力は本物? 世…
  • 5
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 6
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 7
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 9
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 5
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 6
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 7
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 10
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 8
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 9
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 10
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中