最新記事

情報統制

イランが負けた対欧TVバトル

大統領選の騒乱から1年。外国からの衛星放送を妨害してきたイラン政府が、降参せざるを得ないトホホな理由とは

2010年6月10日(木)15時30分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

政府広報 国内のテレビ放送はフランスの放送衛星に依存(イラン国営放送のスタジオ) Morteza Nikoubazl-Reuters

 イランの将来を懸けた戦いが宇宙で繰り広げられている。といってもミサイルや核兵器のことではない。これは一種の情報戦争で、国民にニュースを届ける外国からの衛星放送をイラン政府が妨害しているのだ。そして、このバトルは今のところイランの負け戦になっている。

 マフムード・アハマディネジャド大統領の再選をめぐる不正疑惑が、首都テヘランで大規模な抗議デモを引き起こしたのは昨年6月12日のこと。それ以来、アハマディネジャド政権は国民の不満についての報道を締め出してきた。抗議(とそれに対する弾圧)の映像が携帯電話やソーシャルメディアを通して外国に流出すると、政府は必死になってアクセスを妨害した。

 映像の流出以上に重要だったのがその「逆流入」だ。外国の報道機関が取り上げた流出映像がイランに向けて放映され、インターネットにはアクセスできないが衛星放送用パラボラアンテナを持っている何千万人ものイラン国民に届けられた。

 このためイラン政府は、その権力を最も脅かすとみられる衛星ネットワークを妨害し始めた。ブラックリストのトップに載ったのは、大統領選のわずか数カ月前の09年1月に放送を始めた英BBCのペルシャ語テレビだ。政府は同じ周波数に妨害電波を流した。

 その過程でイラン政府は、同じ人工衛星「ホットバード6」を利用するほかの商業番組も妨害した(ホットバードは欧米の主流メディアに加えていくつかのアダルトチャンネルも流している)。

「妨害し過ぎると放送を止められる」

 このためホットバードを共同運営する仏企業ユーテルサットとグローブキャストは、イラン政府が妨害しにくい別の衛星からBBCの信号を流すことにした。だがBBCを見るためには視聴者がパラボラアンテナの方向を変える必要があり、そうするとほかの全放送が見れなくなる恐れがあった。

 今年に入ってフランス側は国際電気通信連合(ITU)に正式に異議申し立てを行い、ITUはイランを批判した。だが業界関係者3人(いずれも匿名希望)によると、イラン政府は実は難しい立場にいる。政権維持の鍵を握るイラン国内のテレビ放送を全国に届けるためには、まさに政府が妨害しているフランスの放送衛星が欠かせないのだ。アラブ系の人工衛星はイランの放送を流さなくなったし、イランは独自の放送衛星を持っていない。

 イラン国営放送のエザトラ・ザルガミ会長は、先月ある会合でこう述べた。「われわれが妨害すると、彼らが仕返しに妨害してくる。さらには、われわれのチャンネルが彼らの衛星から外されてしまう。だからやり過ぎないようにしないといけない」

 衛星放送をめぐるバトルが過熱すれば、フランス側がイランのテレビ信号を止めてしまうこともできる。5月末以降、BBCのペルシャ語テレビはホットバードを通して放送されているが、今のところ妨害されていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アトランタ連銀総裁、インフレ進展停滞なら利上げに

ワールド

多国間開発銀の改革計画、10月G20会合で議論=ブ

ビジネス

ソニー、米パラマウント買収交渉に参加か アポロと協

ビジネス

ネットフリックス、1─3月加入者が大幅増 売上高見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中