最新記事

環境

南アのソテツ泥棒を捕まえろ

世界最古の裸子植物はコレクターに大人気──南アフリカでは密輸が横行し絶滅の危機に瀕している

2010年6月8日(火)13時18分
エリン・コンウェイスミス

 昨年11月、南アフリカ東部の都市ダーバンで窃盗事件が起きた。狙われたのはダーバン植物園。犯行グループは門の錠前をたたき壊し、巡回しているはずの警備員がいない間に車で園内を通り抜け、ソテツのエリアへ直行。絶滅の恐れがある希少種150株のうち20株(約6万5000ドル相当)を掘り起こし、車で盗み出した。

 大胆な犯行だが、南アフリカでは珍しくない。国内外のコレクター熱が引き金となり、ソテツの希少種の窃盗事件が頻発している。

 ソテツは恐竜より古い、世界最古の裸子植物。ジュラ紀(約2億年前)には地球全体に分布していたが、今では熱帯、亜熱帯の一部地域に生育するだけで、その数は減少している。

 南アフリカの科学者たちはソテツ泥棒に立ち向かうべく、DNAバーコーディング(遺伝子マーカーを利用してDNA配列から種を特定する手法)でソテツの種を識別し、データベース化する計画を立ち上げた。警察や税関が盗まれたソテツを識別しやすくして、窃盗を阻止するのが狙いだ。

「犯人はどれを狙うべきか正確に把握していた」と計画の発案者であるヨハネスブルク大学植物学科の大学院生フィリップ・ルソーは言う。「並の泥棒じゃない、ソテツを知り尽くした者たちの犯行」

 希少種なら、コレクターは1株1万ドルでも手に入れたがる。中にはソテツに警備を付ける植物園もあるが、警備員が買収されるケースもあり絶対安全とは言えない。

 南アのソテツ種はすべて、ワシントン条約機構(CITES)の付属書Iに記載されており、野生のソテツの取引は全面禁止だ。栽培するにも許可が必要で、取引は厳しく制限されている。

 それでも盗みは後を絶たない。このままでは正式に識別される前に絶滅する種も出そうだ。95年に確認された新種のソテツは、略奪行為が横行したため、わずか数週間で野生のものは絶滅した。「新種で絶滅の恐れがあるとなれば、マニアにとってはたまらない」と、ルソーは言う。

民間企業の参加が不可欠

 密輸するときには葉を取ってしまうため、種を特定するのは極めて難しく、専門知識を持つ税関職員も少ない。

 携帯型の装置で職員がサンプルを検査し、瞬時にデータベースと照合できるようにするのが、ルソーらの計画の最終目標だ。こうした装置の開発はカナダで進んでいるが、ヨハネスブルク大学で植物学を教えるミシェル・ファンデルバンクによれば、完成にはまだ10年以上かかる可能性がある。

 現在、ヨハネスブルク大学の研究室が読み取りに使っている装置は15万ドル以上と高価な上、検査の時間も丸1日かかる。開発を早めるには企業の参入が必要だと、ファンデルバンクは言う。「一刻の猶予もない。発見されてもいない固有種が消えつつある」

 DNAバーコーディングで識別されたソテツ種の情報は、世界の植物を分類する国際的取り組み「TreeBOL」のデータベースに入れられる。こうした動きはカナダのゲルフ大学に拠点を置く国際バーコードオブライフプロジェクト(iBOL)の一環だ。同プロジェクトのオンライン・データベースには7万件近いDNAバーコードが保管されている。

 野生のソテツは減少する一方だが、大学や公園、個人宅では今もよく見掛ける。ルソーが興味を持ったのも、父親がコレクターだったからだ。

 昨年11月にダーバン植物園から盗まれたソテツの中には、75年にわたって園内で栽培されてきたものもあった。ソテツの寿命は時に数千年に及ぶとも言われる。中には茎の成長に800年近く要する個体もある。「ずっと生き延びてきたソテツが今、死に絶えようとしている」とルソーは嘆く。

 あらゆる手を使って地球最古の植物を独り占めしようとする者がいる限り、「寿命」が尽きる日は刻一刻と迫ってくるだろう。

GlobalPost.com特約)

[2010年4月14日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

豪CPI、10月は前年比+2.1%で横ばい コアは

ワールド

NZ中銀、政策金利0.5%引き下げ 追加緩和を示唆

ビジネス

バイデン米大統領、肥満症薬に公的保険の適用を提案 

ワールド

ブラジル前大統領、クーデター計画関与の証拠も 警察
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    放置竹林から建材へ──竹が拓く新しい建築の可能性...…
  • 5
    「健康食材」サーモンがさほど健康的ではない可能性.…
  • 6
    こんなアナーキーな都市は中国にしかないと断言でき…
  • 7
    早送りしても手がピクリとも動かない!? ── 新型ミサ…
  • 8
    トランプ関税より怖い中国の過剰生産問題
  • 9
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 10
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 8
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中