再び火を噴く「カフカス内戦」
カネと強権で支配するプーチン体制のうみが地方で噴き出している
ウラジーミル・プーチン首相がカフカス地方に平和をもたらすと約束してロシアの最高権力者になったのは00年のこと。それから10年近くが過ぎた今、再びカフカスが炎上している。相次ぐ自爆テロや警察・政府当局者に対する襲撃で、過去3カ月間に400人以上が死亡した。
一連の殺戮は分離独立派による仕業ではない。地元勢力同士が血で血を洗う報復を繰り返し、ロシア政府が指名した地元の支配者がそれを抑え切れていないのだ。
ロシア政府は、一部の民族勢力の有力者に肩入れして武器を供給したり、現地の警察に全権を委ねたりしてきた。それが新しい紛争の引き金を引いたことは間違いない。当局と、当局が敵視するあらゆる勢力との間で暴力の連鎖が生まれている。
イングーシ、ダゲスタン、チェチェンの各共和国では「治安当局と民衆の間で本格的な内戦が起きている」と、人権団体モスクワヘルシンキグループのリュージミラ・アレクセーエワ代表は言う。
この事態は90年代のチェチェン紛争と悲しいくらい似ている。第1次・第2次チェチェン紛争はボリス・エリツィン政権下の時代精神が最も極端に表れたものだ。当時は民族勢力の分離独立志向が高まり、中央政府の支配力が弱まり、地方で新興財閥が台頭していた。
暗殺未遂は警察の仕業?
今回の惨劇は、プーチン時代の精神が最も極端に表れたものといえる。強欲な資本主義の下、強大な国家が利権と石油マネーの分配を通じて支配し、邪魔者は警察の力で排除する。ロシア中でそんな事態が起きているが、特にカフカス地方では暴力が激しい。モスクワの支配層に近い民族や部族に権力が集中しているためだ。
例えばダゲスタン(スイスと同じくらいの面積)では、支配層のアバール人に対してクミク人などが対抗している。かつてこの地域で闘争目的となった分離独立の大義は、あまり重視されない。
チェチェンでも、元反政府勢力が戦う理由は独立ではない。プーチンが秩序徹底のために利用した武装勢力出身のラムザン・カディロフ大統領に復讐するのが目的だ。
イングーシでは小規模なイスラム過激派グループが、警察の残虐行為を主な口実に人材を集めている。だが暴力の激化が、どこまでこの武装勢力のせいなのかははっきりしない。
6月にイングーシで起きたユヌスベク・エフクロフ大統領の暗殺未遂事件は、現地の複雑な事情を物語る。昨年、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領の指名で政権を握ったエフクロフは、政治腐敗と暴力を抑える上で2つの敵に直面した。一方はイスラム過激派。もう一方は地元の警察とロシア連邦保安局(FSB)のメンバーで、彼らは拉致、用心棒、石油取引など、金になる犯罪行為を隠すために現地で恐怖体制を敷いていた。
エフクロフの命を狙ったのは反政府勢力だとされた。だがイングーシ政府とロシア議会上院の情報筋によると(2人とも報復を恐れて匿名を希望)、本当の犯人はビジネス上の利益を守ろうとした警察関係者だという。
ロシア全土が同様の混乱に陥る瀬戸際にあるわけではない。しかしカフカス情勢は、安定したプーチン時代という神話の偽りを暴くものだ。政府と警察機関に巣くう諸問題はロシア全土に共通している。公的機関の縁故主義、横領、腐敗、暴力は世の中に貧困と怒りを生み出す。
ロシアの統治危機を象徴
人権擁護団体メモリアルのアレクサンドル・チェルカソフは、チェチェンの治安当局は「ほぼ完全に犯罪者集団と化し」ロシア政府もそれを統制できなくなったと言う(メモリアルのチェチェン代表ナタリヤ・エステミロワは、7月に首都グロズヌイで拉致・殺害された)。