最新記事

ファイアーウォール

「サイバー法輪功」という奇妙な仲間

ビルマからイランまで圧政と戦うネット活動家を支えるのは、中国政府に容赦ない弾圧を受けた気功集団が創設したサイバー組織だった

2010年3月16日(火)16時58分
ジェシカ・ラミレス

法輪功が援軍に 09年6月、アハマディネジャド大統領の再選に抗議するテヘラン市民。対立候補で改革派のムサビ元首相は、ネットを使って草の根の支持を広げた Reuters

 09年夏、イランの首都テヘランの街頭を大勢のデモ隊が埋め尽くしていた頃、米ノースカロライナ州のとある場所で、彼らとは縁もゆかりもなさそうな者が無我夢中である作業を行っていた。

 彼の名はビル・シア。中国からの移民だ。遠く離れたテヘランの活動家たちのために、パソコンのサーバーが強制終了されるのを防ごうとしていた。イランでは政府が独立系メディアに報道規制を敷き、反政府活動家による一部ウェブサイトへのアクセスまで遮断しようとしていた。そこで活動家たちは、シアなどアメリカ在住のプログラマーに助けを求めたのだ。

 シアが所属しているのは世界インターネット自由協会(GIFC)。アメリカを拠点とし、ファイアウォールを破ることのできる「迂回ソフト」を開発している。イランで昨年、混乱の発端となった大統領選が行われた6月以降、GIFCが作成したペルシャ語版ソフトには、インターネットに何とかしてアクセスしたいイラン人からの需要が殺到した。

 GIFC副専務理事の周世雨(チョウ・シーユィ)は、本領発揮はこれからだと言う。GIFCの最終目標は、世界中の独裁政権によって設置されたファイアウォールをすべて打ち破ることだ。この闘いはサイバースペースで奇妙な同盟関係を生み、ネットをめぐる米政府と中国政府の直接対決さえ招くかもしれない。

 GIFCを創設したのは、アメリカを拠点に活動する中国の気功集団「法輪功」の支持者たちだ。法輪功は中国で非合法組織と認定され、当局から容赦ない弾圧を受けた。同組織に関するネット上の記述も検閲の対象になっている。だが01年から、シアなど米在住の支持者約50人が、中国政府によるネット規制を打破するためのソフトウエアを作り始めた。

米政府は関与を避ける

 06年の夏、周はシンクタンクのハドソン研究所などにGIFCへの支援を要請。その結果、間接的にではあったが、バージニア州選出のフランク・ウルフ下院議員(共和党)に陳情することができた。ウルフは08年度の国外事業歳出予算案に「インターネットの自由活動」のための1500万ドルを盛り込んだ。

 そうしている間にも、GIFCのソフトウエアは世界各地で注目されるようになっていった。07年9月にビルマ(ミャンマー)で起きた僧侶たちの抗議デモや08年3月にチベットで発生した暴動の際も、そのソフトが重要な役割を果たした。同じ頃、イランでも関心が高まっていることが分かると、ペルシャ語版を作成した。

 これほど普及しているにもかかわらず、ネット検閲に対抗する活動のために米国務省が割り当てた09年度の予算は、GIFCではなく他の団体に回された。ウルフはその理由について、国務省が「法輪功とは付き合いたくなかったからだ」と言う。

 米政府はこの件についてコメントを避けるが、法輪功のメンバーに巨額の資金援助を行えば、中国への心証は悪いだろう。そんなことで米中関係に亀裂を入れたくはない。それに米政府内には法輪功を変人の集まりとみる者も多い。

 それでもイラン政府がネット規制を強めるなか、イランの活動家たちには米中関係を気にしている余裕などない。GIFCはワシントンの支援があろうとなかろうと、テヘランの同志たちを助ける決意を固めている。

「知る権利は、われわれが提供できる最低限のものだ」とシアは言う。「知る権利がなければ何も始まらない」

[2010年2月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

香港のステーブルコイン、初の発行許可は来年初めに=

ビジネス

欧州企業の第2四半期利益予想、1.8%増に上方修正

ワールド

ハーバード大、職員の雇用記録提出へ トランプ政権の

ビジネス

日産、メキシコの生産拠点見直し シバック工場25年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 3
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突っ込むウクライナ無人機の「正確無比」な攻撃シーン
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    タイ・カンボジア国境紛争の根本原因...そもそもの発…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    グランドキャニオンを焼いた山火事...待望の大雨のあ…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「出生率が高い国」はどこ?
  • 9
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 10
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 3
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経験豊富なガイドの対応を捉えた映像が話題
  • 4
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 8
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 9
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 10
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中