最新記事

貧困

格差是正はブラジル式に学べ

経済危機のさなかも着々と貧富の差を縮められたカギは教育と現金給付

2010年1月8日(金)14時36分
マック・マーゴリス(リオデジャネイロ支局)

 世界で貧富の格差を是正しようとする機運が高まるなか、思いがけず「お手本」として急浮上した国がある。ブラジルだ。

 03年以降、約2100万人のブラジル人が貧困から抜け出した。結果、それまで少なかった中流層が増加し、ブラジル社会で大きな存在感を見せるまでに成長した。ブラジルは、2015年までに貧困層を半減させるとした00年の国連のミレニアム開発目標を、08年の時点で既に達成している。

 もっとも、貧困層を底上げしたというだけなら、珍しくはない。過去20年間の世界的な経済成長と医療制度の充実のおかげで、どの途上国でも見られる現象だ。ブラジルが際立っているのは、貧困層の生活の向上がほかのどの階層よりも急速だからだ。03〜08年の間に、富裕層の上から10%の収入の増加は11%だったのに対し、最下層の下から10%の収入は72%も上昇した。貧富の格差は03年以降、5・5%減少している。

 特筆すべきは、世界的な経済危機も障害にならなかったことだ。貧困に苦しむ人の数は経済危機が発生した18カ月前よりも今のほうが少ない。ブラジルのジニ係数(所得の不平等を測る指標で1に近いほど格差が大きい)は現在0・58で、景気後退前の08年6月と同じ水準だ。

 数値だけをみれば素晴らしいとはいえないだろう。しかし金融危機のさなかに格差が拡大していないという点では、やはりブラジルが突出している。経済成長が著しい途上国と比べてもそうだ。中国とインドはブラジル以上の急成長を遂げているが、国内の格差は広がるばかり。こうしてブラジルは今、専門家から貧困撲滅への手本として熱い視線を送られている。

 すべては90年代に始まった数々の賢明な政策のおかげだ。積極的な就学率向上運動によって、労働を強いられていた子供の97%が学校に通えるようになった。彼らは現在、その恩恵を受けて以前より高い賃金の仕事に就けるようになった。

ボルサ・ファミリアの力

 数十年もの間、成長を骨抜きにして価格の騒乱をもたらした場当たり的な経済政策と抑制のない出費を続けた指導者たちは、94年に方向転換した。民営化、貿易自由化、倹約財政などにつながる改革の幕開けだった。

 重要なのは、左派勢力が改革に協力したことだ。左派・労働党の扇動的指導者で03年に就任したルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領は、決して資本主義を信奉していたわけではない。だが、国民の多くが支持していた自由市場経済化に向けた改革に干渉しないと約束した。皮肉なことに、まさにこの公約によってルラがずっと夢見てきた構想への道が開かれた──最も貧しい人たちに国家が直接手を差し伸べる道だ。

 インフレ率を低く保ち、政府の支出を抑制することで金利を低下させ、銀行には低所得者層にも貸し付けを広げるよう奨励した。ルラは国家の役割を拡大し、最低賃金や年金の大幅な引き上げを行った。巨額の現金を貧困層に分配できるようにした。

 ルラは既存の支援プログラムを拡充した貧困層向けの直接補助金制度ボルサ・ファミリアも創設。就学児童や病人がいる低所得世帯には毎月10〜70謖の少額手当を給付している。

 このアイデアは新しいものではない。アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンは1968年、所得が一定以下の貧困層には税額控除より現金給付のほうが効果があるとして「負の所得税」を提唱。この考えはまずチリやメキシコで採用されたが、大規模な制度化に成功したのはブラジルだ。現在は5500万人が利用している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中