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ビルマで泳いだ男の数奇な人生

2009年8月17日(月)15時42分
トニー・ダコプル

 法廷での証言によると、11月30日、イエッタウは湖を泳いで渡りスー・チー宅を訪ねたが、関係者に追い返されたという。翌月、ミズーリ州の自宅に戻ったイエッタウは家族にこう説明した。スー・チー宅を訪ねた後の帰路に銃を突き付けられて当局に身柄を拘束されたが、釣りをしていただけだと説明すると釈放された(ビルマ当局は裁判でこの一件を持ち出しておらず、コメントを拒否)。

 すぐそばまで行っていたのにスー・チーに会えなかったことにショックを受けたイエッタウは、すぐ再挑戦を計画し始めたようだ。こうして、この春再びビルマに渡り、インヤ湖畔のスー・チーの自宅を目指すことになった。

 裁判が始まり、ラングーン市内のあちこちにスー・チー支持の落書きを見掛けるようになった。ビルマの4700万の人々と100万の亡命ビルマ人にとって、スー・チーは今でも希望の星だ。ただし、内輪の場ではまだしも、大っぴらにスー・チー支持を口にする市民は少ない。軍事政権が反体制運動を容赦なく押しつぶすことは、誰もがよく知っている。

 一方、イエッタウに関しては気兼ねなく発言できるらしい。この男を英雄視する人もいるが、間抜けな行動によりスー・チーの自由とビルマの民主化への道を脅かした危険人物と見なす人もいる。

ビルマ情勢はさらに複雑に

「(イエッタウのせいで)複雑な状況がますます複雑になった」と、ビルマの元政治犯で現在はタイで亡命生活を送るハタイ・アウンは言う。「ビルマがどうなるかまったく分からなくなった」

 裁判は、6月中に結審する見通しだ。「(イエッタウは)どのような判決が下っても受け入れる覚悟ができている」と、イエッタウの弁護士は言う。現在は2人のビルマ人と同じ部屋に収容されており、お告げを見るためという理由で食べ物を口にしていないという。

 弁護士によれば、世界の「人々の苦しみや戦争、残虐行為」のことを思って泣くこともあるが、おおむね満足そうだと言う。「スー・チーが苦しい立場に立たされていることは分かっているが、あと少しの辛抱だと思っている。自分はスー・チーを救ったのだと、彼は考えている」

 アメリカの家族は、ビルマでの裁判を通じて伝わってくる情報に当惑するばかりだ。家族によれば、これまでイエッタウが水に触れたのは、自宅の庭で子供用プールに入ったときだけだという。湖を渡る際に携えていたとされる品物の数々について、妻のベティは「とても奇異に感じる」と言う。「パパらしくない」と、息子のブライアンも言う。

「あの人たちは手荒なことをする」からとても心配だとベティは言うが、アメリカの家族にできることはほとんどない。マスコミの報道を注意深く見守り、アメリカの外交当局からの連絡を待つ以外に手の施しようがない。

 こうして結局、一家は日常生活を続ける以外にない。イエッタウの下の子供3人は近く、母親のイボンヌと一緒に夏休みを過ごすためにカリフォルニアに向かう。一方、ミズーリにとどまるカーリーとブライアンには、興味津々の友達の質問攻めが待っている。「びっくりだ。詳しい話を教えてくれよ」「マジかよ。お前のおやじ、どうしちゃったわけ?」

 友達の携帯メールのメッセージに対して、2人はこう返事を打ち返すしかない。

「とても複雑な話なんだ」

[2009年6月24日号掲載]

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