最新記事

深層

ビルマで泳いだ男の数奇な人生

あるアメリカ人の想定外の行動で、解放目前のスー・チーに禁固刑の恐れも。民主化にブレーキをかけた男の正体とは

2009年8月17日(月)15時42分
トニー・ダコプル

お騒がせ男 ビルマ当局から釈放され、バンコクに着いたイエッタウ(8月16日) Sukree Sukplang-Reuters

 自宅軟禁中の民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーに「泳いで」会いに行ったアメリカ人男性ジョン・イエッタウ。ただの人騒がせか、それとも政治的陰謀なのか。「神のお告げ」に従ったと主張する男の人生と家族の困惑。
 *

 ジョン・イエッタウ(53)はずっと前から、未来の出来事を警告するお告げが見えていた。お告げを無視して後悔したこともある。

 しかし今回は行動を起こそうと決めた。今年初め、ミズーリ州に住むイエッタウは友人や家族に、自分は敬愛される外国人指導者の命を救うために神から遣わされたのだと話した。

 子供を友人に預ける手はずを整え、金を借りて航空券を買い、新しい名刺を作った。まるで新しい人生を始めるかのように。

 最初は落ち着いているように見えた。地元のファストフード店で何時間も過ごし、無料の無線通信を利用して音楽とモルモン教の説教をダウンロードした。

 しかし出発が近づくにつれて、不安定な様子も見せた。親友の肩で泣き崩れ、出発前夜は自宅で一睡もできなかった。

 4月15日、イエッタウは午前3時過ぎに息子のブライアン(17)たち4人の子供を起こし、家族でお祈りをした。それから家族をミニバンに乗せ、1時間かけて空港に向かった。

 昨年バックパックを担いでアジアを回ったときと違って、今回の旅で彼はビルマ(ミャンマー)の軍事政権の中枢に飛び込むことになる。バラク・オバマ米大統領や潘基文国連事務総長も非難している、反体制派への終わらない弾圧の真っただ中に。

 4月20日、タイの首都バンコクに到着。ビルマの入国ビザを取得するために1週間滞在し、家族に気まぐれな電子メールを何通か送った。最後の明るいメッセージは──「祈りなさい。平和を学びなさい。平穏に暮らしなさい。誰にでも親切に。愛と祈りを」。

 家族が次にイエッタウのことを聞いたのは、ビルマの米大使館から午前5時にかかってきた電話だった。5月6日の夜明け直後、彼は滞在していたホテルから約6キロ離れたインヤ湖の濁った水の中を泳いでいて逮捕されたのだ。

 イエッタウは当局の許可も家主の招待もなく、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーの自宅敷地内に2日間、滞在した。スー・チーはすぐに帰るように求めたが、空腹と疲労を訴えられて警戒心を緩めたと語っている。

 ビルマ独立の父アウン・サン将軍の娘であるスー・チーは90年の総選挙で野党を率いて圧勝した。しかし軍政は結果を認めず、過去19年のうち通算13年間、彼女を軟禁状態に置いてきた。そして自宅軟禁命令の期限が切れる5月27日に軟禁解除されるはずだった。

 ところが今、スー・チーは自宅軟禁中の規定を破り、届出なしに家族以外を泊めてはいけないという法律に違反した罪を問われ、最長5年の禁固刑が下されかねない。

 イエッタウも「違法な水泳」と治安維持法違反の罪で起訴されている。法廷でのやりとりから考えると、当局は彼がスー・チーの逃走を手助けするつもりだったとみているようだ。

 5月に裁判が始まった際、当局は逃走計画の証拠として、黒いチャドル2着、ロングスカート2着、サングラス3個、色鉛筆6本、閃光照明、懐中電灯、ペンチ1個を提出。イエッタウは浮き代わりにしていた空の壺とビニールでくるんだカメラを持っていた。間に合わせの足ひれの写真も提出された。

 有罪になれば最長5年の禁固刑となる。スー・チーを逃走させようとした罪も加わればさらに長くなるだろう。イエッタウもスー・チーも無罪を主張している(スー・チーの弁護団によると「これは刑事事件ではなく政治問題だ」)。

 イエッタウの弁護士キン・マウン・ウーは、「彼は罪を犯すつもりはなかった」と本誌に語った。唯一の罪は「不法侵入」で、ビルマの法律ではもっと軽い罪だという。「政治的なこととは一切、関係ない。彼の唯一の使命は彼女を助けることだった」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

スウェーデン、バルト海の通信ケーブル破壊の疑いで捜

ワールド

トランプ減税抜きの予算決議案、米上院が未明に可決

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、2月50.2で変わらず 需要低

ビジネス

英企業、人件費増にらみ雇用削減加速 輸出受注1年ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中