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イラン強硬派再選で笑う意外な勝者

アハマディネジャド大統領の再選は、イランとの対話を目指すアメリカにとっては痛手だが、「天敵」イスラエルには朗報に違いない

2009年6月15日(月)18時02分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

圧勝 勤労者階級や地方在住者の圧倒的支持を得て再選を決めたアハマディネジャド(6月14日、テヘラン市内の祝勝会場で) Caren Firouz-Reuters

 民衆は「大いなる野獣」だ――というのは、今から200年以上昔に、アメリカ建国の父の1人であるアレクサンダー・ハミルトンが吐いた言葉だ。アメリカの初代財務長官を務めたハミルトンは大衆民主主義に否定的で、大衆はあまりに感情的で一貫性がなく、選挙で自分たちの利益に反する行動を取ることが多すぎると感じていた。

 いま欧米の専門家の中には、6月12日投票の大統領選で保守強硬派のマフムード・アハマディネジャドを再選させたイラン国民の「野獣」ぶりに当惑を感じている人も多いだろう。

 選挙戦の間、首都テヘランの街頭で欧米のテレビ局の取材に応じ、カメラの前ではっきり自分の意見を口にしていた若者たちは、どうしてしまったのか。市民は自由の拡大を熱望し、元首相のミルホセイン・ムサビ候補を熱狂的に支持し、アハマディネジャドの「失政」にうんざりしていた。カメラの前のイラン市民は、アメリカ市民と変わらないように見えた。

 しかしカメラの前で自由と改革への希望を語る若者たちは、イラン社会全体の声を代弁していたわけではなかった。大統領選では、勤労者階級や地方在住者の圧倒的大多数がアハマディネジャドを支持したようだ。欧米の市民と似たところのあまりない層が自分たちに似たところの多い候補者に投票した、ということなのだろう。

 選挙に不正があったとムサビ陣営と支持者は抗議しているが、多くの国民の支持を集めることはできそうにない。

対イラン攻撃に都合がいい

 では、イラン大統領選の結果は、中東とアメリカの政策にどのような影響を及ぼすのか。

 最も明らかな勝者は、イスラエルの右派政権を率いるベンヤミン・ネタニヤフ首相とアビグドル・リーベルマン外相だ。改革派のムサビが大統領になってソフトイメージを打ち出せば、イランの核開発問題に対する国際的な危機感が薄まり、イランに対する軍事攻撃という選択肢を取りにくくなるところだった。

 実際、ムサビ勝利の可能性もありうると言われ始めた頃、アメリカの親イスラエル団体AIPAC(米・イスラエル広報委員会)は、アメリカのジャーナリストや有識者にムサビ批判の電子メールを送付した。具体的には、パキスタンの科学者アブドル・カディル・カーンの核関連技術をイランが買うための秘密取引を担当したのがムサビだったと、この団体は主張した。

 しかし、AIPACはもう心配しなくていい。アハマディネジャドはユダヤ人を迫害し、ナチスのユダヤ人大虐殺の事実を否定する人物として有名。その点を考えればネタニヤフにとって、米政府のイラン政府との対話に横やりを入れることは難しくない。ネタニヤフ政権がイランとの戦争に踏み切る場合も、アハマディネジャドほど政治的に都合のいいイラン大統領はいない。

最大の敗者は宗教指導者か

 一方、バラク・オバマ米大統領のように和平仲介を目指す人たちにとって、選挙結果は大きな痛手だ。たとえアハマディネジャドが過激な発言をトーンダウンさせ、歩み寄りの姿勢を見せたところで、過去の言動は変えられない。

 アラブ諸国の親米政権も敗者と言っていい。アハマディネジャドに対する大衆の人気は、エジプトやヨルダン、サウジアラビアにも広がっている。イスラエルと和平を結んだ国や、これから結ぼうとする国では、政権の基盤が揺らぎかねない。

 しかし皮肉なことに、最大の敗者はイランの主流派の宗教指導者層かもしれない。アハマディネジャドが05年の大統領選で初当選したのは、イランの「野獣」(=大衆)がそれまでの歴代の大統領を輩出した主流派宗教指導者層を「腐敗」していると見なし、変化を求めたからだ。

 今回の大統領選の終盤、アハマディネジャドは再び守旧派批判を展開。ムサビに守旧派の手先というレッテルを張った。選挙の結果はアハマディネジャドの大勝。大統領の守旧派攻撃がまた続くことになる。いまイランの主流派の聖職者たちは、「野獣」に襲われたような思いでいることだろう。

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