最新記事

アメリカ社会

銃支持派が導く被害妄想な未来

凄惨な銃乱射事件で銃規制の機運が高まるなか、NRAは銃を増やして銃による暴力を防ぐべきだと訴える

2013年1月10日(木)15時29分
トム・スコッカ(ジャーナリスト)

もっと銃を! 全米の学校に武装警官配置を訴えるNRAのラピエール副会長と、抗議する活動家 Chip Somodevilla/Getty Images

 アメリカは「銃こそ正義」という信念に凝り固まった人たちの社会──なのだろうか。

 コネティカット州ニュータウンの小学校で凄惨な銃乱射事件が起きてから1週間後、銃砲所持の権利こそアメリカ人の最も大事な権利と信ずる全米ライフル協会(NRA)が長い沈黙を破り、その見解を発表した。

 記者会見に臨んだNRA副会長のウェイン・ラピエールによれば、いま必要なのは銃をもっと増やし、善良なる銃所有者をもっともっと増やし、善良ではない殺し屋を殺しまくって、悪人どもを全滅させることだ。「銃で守られていない学校」に子供たちを通わせる、そんな恐ろしい状態が解消されるまで私たちは安心できない、とラピエールは言い切った。

 要するに、すべての学校に武装警官を常駐させろ、そうすれば学校は安全になるという主張だ。しかし99年に銃乱射事件が起きたコロラド州のコロンバイン高校には、ちゃんと武装した保安官代理がいた。ラピエールの会見中にもペンシルベニア州で別の乱射事件が起きているが、その現場にも武装した州警察官がいた。

 銃は人を殺す。より多くの銃は、より多くの人を殺す。この点にはNRAも同意する。問題はその先だ。NRAのみるところ、銃で人を殺すのは悪人だ。そして彼らを阻止できるのは、強力な銃火器で武装した勇気ある正義の味方しかいないらしい。

 NRAによれば、今さら銃規制を強めても悪者には対抗できない。なぜなら「次のアダム・ランザ(ニュータウン銃乱射事件の容疑者)」は既に次の標的を見つけているからだ、とラピエールは言う。

 ちなみにアダム・ランザは精神状態が不安定で、地元コネティカット州では合法的に銃を購入することができなかった。しかし彼の母親は善良なる銃愛好家で、あくまでも自衛のために銃を買い集めていたという。

 つまり、悪人は善良な人が持つ銃を、非合法かつ暴力的に奪い取る。だから法律で銃の所持・購入を規制しても無駄だ、とラピエールは論じる。

 果たしてそうだろうか。ニュータウンの銃乱射事件の2週間前に起きた殺人事件を見てみよう。プロフットボール選手のジョバン・ベルチャーが恋人を射殺し、自らも命を絶った事件だ。

 この事件は根っからの悪人の仕業ではなかった。ありふれた若者の怒りと愚かさが、銃で増幅されただけだった。

 発端は、よくある恋人同士の口論だった。しかしベルチャーが銃マニアだったせいで、たまたま手元にあった銃の引き金を、衝動的に引いてしまった。手元にあるのが銃でなくナイフや棍棒であったならば、こうも簡単に殺すことはできなかっただろう。

 銃による殺人の大半は、こうした衝動的な犯行だ。オーストラリアでは、銃規制の強化で銃犯罪が大幅に減ったことが分かっている。コロンビアの首都ボゴタでは、一般人の銃所有を禁じた結果、銃による死亡者が58%も減ったという。手元に銃がなければ死者は減る。明白な事実だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機

ワールド

トランプ氏、ロのキーウ攻撃を非難 「ウラジミール、

ビジネス

米関税措置、独経済にも重大リスク=独連銀総裁

ワールド

米・ウクライナ鉱物資源協定、週内に合意ない見通し=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中