母グマたちの乱はアメリカ政治を変えるか
子を守る母熊を自称する政治家が台頭しているが、ペイリンを筆頭とする彼女たちの主張は粗暴そのもの
矛盾だらけ 母性が売りのはずのペイリンは、10代の母親の支援施設の予算を削ったことがある(4月9日) Sean Gardner-Reuters
ママ・グリズリー[名詞]
①雌の大型ハイイログマ。北米に生息。大きく鋭い爪が特徴。
②アメリカの女性政治家の一種。その政治的な主張は......?
一見すると、米政界の「ママ・グリズリー」の特徴は明快だ。サラ・ペイリン前アラスカ州知事の表現を借りれば、それは「常識」のある保守派女性のこと。ワシントンの悪い政策により子供たちが脅かされていると思えば、彼女たちは毅然と立ち上がる。肉食獣よろしく、敵と見なせば誰にでも襲い掛かり、ずたずたに引き裂く。
ペイリンが「ママ・グリズリー」を自称し始めたのは、共和党副大統領候補として臨んだ08年大統領選のとき。1つの政治運動の呼称としてこの言葉を初めて用いたのは、今年5月に人工妊娠中絶反対派団体で行った講演だった。
手応えをつかんだペイリン陣営は6月後半、「ママ・グリズリー」と題したインターネットCMを公開。「良くないことが起きていれば、母親には分かる」と訴え、仲間に加わるよう女性たちに呼び掛けた。このネットCMの視聴件数は、既に50万近くに到達した。
そのうちにメディアは、11月の中間選挙でペイリンが支持する共和党の女性候補者たちをママ・グリズリーと呼び始めた。サウスカロライナ州知事選のニッキー・ヘイリー、ニューメキシコ州知事選のスザンナ・マルティネス、カリフォルニア州選出の上院議員を目指すカーリー・フィオリーナなどがそうだ。
このほかにも、ネバダ州から上院選に立候補しているシャロン・アングル、ミネソタ州選出の現職下院議員ミシェル・バックマン、デラウェア州から上院議員を目指すクリスティン・オドネルなどがママ・グリズリーと呼ばれている(オドネルには子供はいない)。
中間選挙を前に、ママ・グリズリーへの注目はますます高まっている。しかし、彼女たちはどういう政治を目指すのか。過激な主張は単なる選挙戦術にすぎないのではないかという見方が共和党内にもある。「(子供たちのために)国を取り戻したいと言うが、どこに取り戻すのかがはっきりしない」と、共和党の元下院議員コニー・モレラは言う。
財政規律を訴える割には
母親としての不安に駆られて立ち上がったのだと言うのなら、これまで子供たちのためにどのような行動を取ってきたのか。自分の子供だけでなく、アメリカの子供たちと子供を持つ家族のために、何をしてきたのか。
リベラル派が推し進めようとする政策に対し、ママ・グリズリーたちは子供たちのためとして、一部の例外を除いて冷ややかな態度を取ってきた。いま彼女たちは、オバマ政権の医療保険制度改革(低所得世帯の子供に医療保険を提供することも含まれている)を葬り去ろうと息巻いている。
アングルは01年にネバダ州議会で、ドメスティックバイオレンスの加害者が被害者に近づくことを禁じる他州の命令の効力を州内で認めるための州法案に反対。ヘイリーは07年にサウスカロライナ州議会で、非行のリスクがある子供のための幼稚園設置に反対した。
ペイリンはアラスカ州知事時代の08年、10代の母親の支援活動などに取り組む施設の予算を大幅に削減。バックマンは09年に下院で、連邦政府職員に4週間の有給育児休暇を認める法案に反対した。
ペイリン、ヘイリー、バックマン、アングルはいずれも、この記事の取材に応じていない(彼女たちは概して、既存メディアを敵視している)。それでもこれまでの言動から判断すると、政府が家族の生活に介入することが子供を最も危険にさらすと、ママ・グリズリーたちは感じているらしい。