最新記事

アリゾナ州

「ナチス的」移民法は誰のせいなのか

メキシコからの不法入国者を狙い撃ちする差別的な新法に批判が噴出するが、州民も移民も悪くない

2010年6月15日(火)12時47分
イブ・コナント(ワシントン支局)

 米アリゾナ州フェニックスを初めて車で離れたときに驚いたことが2つある。1つは耐え難い暑さ。もう1つは街があっという間に終わり、その先に巨大なサボテンと低木クレオソートブッシュが生える砂漠が広がっていたことだ。

 私の両親がアリゾナ州に引っ越したのは20年以上も前のこと。今は、砂漠を走るハイウエーの脇にショッピングモールと宅地が帯状に並ぶ。数年前に聞かれれば、ここは安全で子育てにふさわしい場所だと私は答えていただろう。だが今ならこう言う──考え直したほうがいい。

 アリゾナ州で4月23日に成立した移民法に全米から批判が噴出している。移民法では、警察官は「合法的な」職務質問をして相手が不法移民と思える「合理的な疑い」が生じれば、その身分証明書を確認する義務がある。

 まるでナチスかアパルトヘイトだと、州議会議員や州民を非難する声もある(州民の70%が移民法に賛成)。だがアリゾナ州で少し時間を過ごせば、この法律がこれほど多くの州民に支持されている理由が分かるかもしれない。

人身売買人の隣りに住む恐ろしさ

 隣人が人身売買や麻薬密売に関わっていたり、自動小銃AK47を所持していたりする。逃げられないように靴を取り上げられた絶望的な労働者が1部屋に30人も押し込められた家がある。そんな地区に住むのは恐ろしいことだ。

 昨年アリゾナ州で警察官らに同行取材をした1カ月の間、私は怯えて暮らす人々に大勢出会った。メキシコ人労働者の「隠れ家」の隣に住んでいた男性は、ベッドの下に銃を2丁置き、子供を裏庭で遊ばせないようにしていた。銃声をたびたび耳にした。恐怖のあまり彼は名前を教えてくれなかった。「4年前は老女がプードルを飼っているようなのんびりとした地区だった。今は完全にいかれている」

 その日の朝、「隠れ家」は家宅捜索を受けた。隠れ家からつまみ出された汗まみれの不法就労者たちは、手錠を掛けられ、疲れ切った表情で黙って縁石に座っていた。

 その24時間以内に私はもう1つ強制捜査を取材した。車が2台置ける車庫付きの家で、数十人の移民が家具もない部屋に押し込められ、窓には内側から板が打ち付けられ、靴やベルトがクロゼットの中に積み上げられていた。スタンガンや銃身を短くしたショットガン、拳銃2丁も発見された。

 別の日、フェニックス市警がある豪邸に強制捜査をかけると、前に止めてある白い車から約140キロ分のマリフアナが見つかった(アメリカに持ち込まれるマリフアナの60%はアリゾナ経由だ)。この家も国境から遠い富裕層向け住宅地にあった。

合法的な入国を増やせ

 こうした現状があるからといって今回の移民法が妙案だというわけではない。私が以前住んでいたロシアでは、市民は常に身分証明書を携帯する義務があった。警官は普通、肌の浅黒いカフカス地方出身者や、不法就労者の多い「スタン人」(国名にスタンの付く中央アジアの国々の人)に抜き打ち検査をする。不法就労者たちは人種を理由に暴力を受けて殺される場合もあるが、平均的なロシア人は気にしない。

 アメリカにはそんな方向に向かってほしくない。入国するメキシコ人の圧倒的多数は犯罪者ではない。大半はまっとうな仕事を必死に求めている。ただ、彼らを不法入国させる業者に対策を講じる必要があることは確かだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スパイ容疑で極右政党議員スタッフ逮捕 独検察 中国

ビジネス

3月過去最大の資金流入、中国本土から香港・マカオ 

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月速報値は51.4に急上昇 

ビジネス

景気判断「緩やかに回復」据え置き、自動車で記述追加
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中