最新記事

アルコール

芸術家の酒アブサンに乾杯!

フランスやアメリカで大いに愛されながらその人気と危うさゆえに禁止された伝説の酒が帰ってきた

2010年6月4日(金)13時24分
ジュリア・リード(本誌コラムニスト)

 とにかく強くて頭を麻痺させるとされた伝説の酒アブサンが、アメリカで再び解禁されてから3年がたつ。しかし、それで凶悪犯罪が増えたとは聞かないし、優れた芸術が増えたとも思えない。らんちき騒ぎが増えたという警察の報告もない。芸術家たちがアブサンをがぶ飲みしていた19世紀末~20世紀初頭にかけての時期とは、だいぶ様子が異なる。

 かつてニューオーリンズは、フランスと並ぶアブサンの大消費地だった。20世紀初めにバーボンストリートを訪れた旅行者は、「アブサンを飲んでハイになった若者たちが(アメリカ最古のバーとされる)オールド・アブサンハウス近くのトタン屋根から転げ落ちてきた」と記している。

 フランスではアブサン常飲者のジャン・ランフレーという男が、酔った揚げ句に家族全員を惨殺。この事件は「アブサン殺人事件」として衝撃を与え、1915年にフランスがアブサン禁止に踏み切る大きな原因になったとされる(アメリカはその3年前に禁止)。

 だがランフレーは、犯行前にアブサンだけでなくワインもがぶ飲みしていた。フランスでアブサンが禁止されたのは、実は当時うなぎ上りだったアブサン人気に脅威を感じたワイン業者が政府に圧力をかけた結果であるらしい。

 当時の人気は絶大で、第一次大戦の緒戦でフランス軍が惨敗したのは、兵士たちが日頃からアブサンを痛飲していたからという説があるほど。1910年だけで3600万リットルが消費されたという。

アルコール濃度は70%

 当時活躍していた作家や芸術家が、アブサンを飲むと創造力が高まると言ってこの酒を飲みまくり、相次いで身を滅ぼしたのも悪評に拍車を掛けた。

 オスカー・ワイルドはアブサンを飲むとパリの酒場の床からチューリップが生えてくるのが見えると言い、フランスの詩人アルチュール・ランボーはこの酒を「美しき狂気」と呼んだ。アーネスト・ヘミングウェイはアブサンとシャンパンのカクテルをこよなく愛し、「午後の死」と名
付けた。

 伝統的な飲み方は、アブサンに水を混ぜる方法。ラ・ルーシュと呼ばれる飲み方では、アブサンの入ったグラスに角砂糖を乗せた穴開きスプーンを置き、アブサン・ファウンテン(卓上給水器)かデカンタから冷水を注いだ。

 アブサンの原料は、薬草や香草(アニスやフェンネルなど)とニガヨモギだ。ニガヨモギには、アブサンによる奇行の原因とされる化学物質が含まれている。だが私が思うに、悪いのは70%にもなるアルコール濃度だ(強いウイスキーでも40%程度)。

 もっとも最近では、アブサンの飲み方も危険というよりおしゃれになってきた。3年前に解禁された背景にも、昨今の空前のカクテルブームがある。要するに、今のアブサンは主役ではなく、カクテルの材料である場合が多い。

 ただし私はあくまでストレート派だ。名門ジャーメイン・ロビンが造った製造年の新しい小瓶のアブサンなら、なおのこといい。このアブサンは、ブランデーベースにレモンのアクセントをふんだんに加えており、アルコール濃度も48・5%と控えめだ。

 おかげで、私はワイルドと違って、まだ足元からチューリップが生えてくるのを見ていない。

[2010年4月21日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRB議長、待ちの姿勢を再表明 「経済安定は非政治

ワールド

トランプ氏、テスラへの補助金削減を示唆 マスク氏と

ビジネス

米建設支出、5月は‐0.3% 一戸建て住宅低調で減

ビジネス

ECB追加利下げに時間的猶予、7月据え置き「妥当」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    未来の戦争に「アイアンマン」が参戦?両手から気流…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中