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アメリカ経済

医療保険改革は競争力回復の第一歩

下院で可決されたオバマの医療保険改革法案がアメリカにとって重要な本当の理由

2010年3月24日(水)18時49分
デービッド・ロスコフ(カーネギー国際平和財団客員研究員)

制限も課題 無保険者を救う一方、高額治療の制限などコスト削減も必要だ(09年8月、ジョージア州の高校で行われた慈善医療) Tami Chappell-Reuters

 3月21日に米下院で医療保険改革法案が可決されたのが重要なターニングポイントなのは、大規模な社会立法だったからでもバラク・オバマ大統領の大勝利を象徴するからでもない。大規模な社会立法にしては不透明な部分も多いし、オバマの勝利と言いながら、成立までの紆余曲折がもたらした政治的な悪影響は見過ごせない。

 確かにこの法案は、アメリカの社会立法では数十年来の大物だ。だがより重要なのは、それが「最初の一歩」を象徴していること。アメリカ経済の深刻な欠陥の修復を目指す取り組みの第一歩になるものだからだ。おそらく数十年後、この法案は、アメリカが財政赤字を削減してグローバル経済における主導権を取り戻すための長く厳しい道のりの第一歩だったと見なされることだろう。

 医療保険は米経済の20%を占め、なお拡大し続けている。今後10年で爆発的に増大する社会保障関連費にも関わってくる。その規模と比較すれば、この数年で積み上げた借金の山さえ微々たるものに見えるほど。期限がきても借金返済は困難で、財政制度は非効率そのもの。そしてアメリカの競争力の足を引っ張っている。医療保険改革は、こうしたすべての病の改革の第一歩にならなければならない。

反対しか能がない共和党

 法案採決における共和党の姿勢は、ジョゼフ・マッカーシー元上院議員の赤狩りの時代以来のどの法案に対する姿勢よりも、共和党の信頼を失墜させてきた。アメリカ経済の緊急課題に対する解決策に考えなしの「反対」を続けるのか、それとも建設的な姿勢に転換できるのかに、共和党の命運がかかっている(共和党は不誠実で偽善的なこと極まりない。彼らは本当に強欲で冷酷な集団だと思われたいのだろうか? ジョン・ベーナーとミッチ・マコネル両上院議員のティパーティーの組織によるメッセージを見ればそうとしか思えない。

 米政界の議論はさておき、医療保険改革は世界にどんな意味をもたらすのだろうか。高齢化が進み、財政赤字に苦しむアメリカが医療保険問題を修復することができなければ、財源は枯渇し、国民のカネは社会保障制度に吸い尽くされてしまうだろう。

 この問題をはっきりと認識し、現行の医療保険制度の誤りを指摘し、効率性を高めるため、今回の法案は重要な第一歩になる。今後の立法で、医療保険を牛耳っていた仲介業者(保険会社)は徐々に排除され、効率的な医療保険制度によって医療費の削減が進み、財政赤字は減少していくことだろう。

 年金の受給開始年齢引き上げや高額治療の制限、増税などは、今後の医療保険改革に避けては通れない不人気な政策だろう。こうした痛みを伴う改革を主導するのはどちらの党になるのかは、容易に想像できる。

医療改革は「始まりの終わり」

 医療保険改革のプロセスは、社会インフラに再投資したり、エネルギーの枠組みを変えたり、教育制度を改革したりするのと似ている。いずれも、アメリカの競争力を取り戻すことが目的だからだ。こうした変化はアメリカの長期的な成長に欠かせない。

 中絶に医療保険が適応される恐れがあるとして、共和党議員がこの法案を「赤ん坊殺し」とののしったこともあったが、そんな醜い政争が集結し、法案成立でホッと一息といったところだ。それでも、アメリカ国民やアメリカの今後の動向に注目する人々は、この法案がゴールだと考えるべきではない。終わりの始まりですらないだろう。

 ウィンストン・チャーチル元英首相の言葉を借りるなら、おそらくは「始まりの終わり」だ。だが、もしも改革が頓挫したら、この法案はアメリカの「終わりの始まり」だったということになってしまうだろう。

Reprinted with permission from David J. Rothkopf's blog, 24/03/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

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