最新記事

アメリカ政治

企業献金「上限撤廃」がアメリカを壊す

企業の選挙資金支出制限を違憲とした米連邦最高裁の判決は、平等の権利と言論の自由を揺るがしかねない

2010年1月25日(月)18時13分
デービッド・ロスコフ(カーネギー国際平和財団客員研究員

波紋 1月21日の連邦最高裁の判決で一般市民の力はさらに弱まる Jonathan Ernst-Reuters

 皮肉と言うほかない。1月21日、インターネットの利用に関して中国政府が自国民の権利を侵害していると、ヒラリー・クリントン国務長官が語気を強めて非難していたまさにそのとき、当のアメリカで民主主義が息絶えようとしていたのだから。

 いまアメリカの国際的威信は、過去半世紀で最も弱まっている。21世紀最初の10年は、アメリカの国際的威信を支える3つの重要な柱のうちの2つが大きく揺らいだ時代だった。

 第1に、キューバのグアンタナモ米軍基地やイラクのアブグレイブ刑務所で収容者に対する人権侵害が横行していたことが明るみに出るなど、ブッシュ政権時代の行動により、「法の支配」の擁護者というアメリカの国際的なイメージに傷が付いた。

 第2に、08〜09年の経済危機により、アメリカの経済システムに重大な欠陥があることが浮き彫りになった。アメリカが世界に説いてきた自由市場重視の経済モデルは、厳しい批判を浴びるようになった。

最高裁判決はテロ以上の脅威

 法の支配と自由市場という2つの大きな柱が揺らいだ今、世界の国々はアメリカモデル以外の新しいモデルを探すべきかどうか考え始めている。

 アメリカというブランドが一時の輝きを失っていることを考えれば、中国モデルに対する国際的な支持が強まっても不思議でない。しかし、すべての人間に認められるべき基本的権利を否定しようとする中国の非民主的なやり方はうまくいかない。中国の労働者の国際競争力が弱まり、経済発展の足が引っ張られる。

 この点をきっぱり指摘した1月21日のクリントン国務長官の演説は極めて説得力があり、実に当を得ていた。中国側の反論が力ないものにとどまっていることは、この指摘が図星であることをよく表している。民主主義は、アメリカの国際的威信を支えてきた3つの柱のうちの最後の1つだ。

 しかし同じ日に米連邦最高裁が下した判決により、民主主義のお手本としてのアメリカの説得力は大きく損なわれた。この判決は、アメリカ社会の土台をなす民主主義的価値のいくつかに深刻な打撃を与える。平等の権利や本当の意味での言論の自由(カネを払わなくても自分の意見を語り、耳を傾けてもらえる権利)が脅かされている。

 1月21日、保守派主導の最高裁は5対4の決定により、企業や団体の選挙資金拠出を制限する連邦法を憲法違反と判断した。事実上、企業や労働組合のカネが政界に無制約に流れ込む道を開く判決と言っていい。

 アメリカの民主主義にとって、テロ以上に大きな脅威が出現したと断言できる。それは、冷戦時代に対立した共産主義超大国のソ連など足元にも及ばないほど重大な脅威かもしれない。政治家が選挙に勝って権力を維持するために政治献金に大きく頼る以上、最もたくさんカネを持つ勢力の言うことを聞くようになるのは避けられないだろう。

 選挙資金を寄付する自由は言論の自由の一部であり、それを制限すべきでないと、保守派は言う。しかし、この類いの議論が見落としている点がある。カネと言論の自由を同一視する主張は、カネをたくさん持っている者ほど大幅な言論の自由を手にし、社会に大きな影響力を及ぼす権利を持つと言うに等しい。

ビジネス至上主義国家への道

 今後の議会の行動や新しい最高裁判決、憲法修正などの形で今回の判決が覆されない限り、アメリカ社会では一般市民の力がますます弱まり、エリートの力がこれまで以上に強まる。企業は政治的な理念より自己の目先の利益追求のために選挙資金の献金先を決めるので、アメリカの政治は必然的に産業界の意向を強く反映するようになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アジア太平洋途上国の成長鈍化へ、米関税や貿易摩擦で

ワールド

韓国、日米貿易協定を精査 産業相の訪米控え

ビジネス

独ボッシュが国内工場で最大1100人削減へ、半導体

ビジネス

資源大手バーレ、第2四半期の鉄鉱石生産量は前年比3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量のカギは「ホルモン反応」にある
  • 2
    中国経済「危機」の深層...給与24%カットの国有企業社員、あの重要2業界でも未払いや遅延
  • 3
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 4
    三峡ダム以来の野心的事業...中国、チベットで世界最…
  • 5
    アメリカで牛肉価格が12%高騰――供給不足に加え、輸入…
  • 6
    「なんだこれ...」夢遊病の女性が寝起きに握りしめて…
  • 7
    「死ぬほど怖かった...」高齢母の「大きな叫び声」を…
  • 8
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 9
    その病院には「司令室」がある...「医療版NASA」がも…
  • 10
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 4
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 7
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞…
  • 8
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウ…
  • 9
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 10
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中