「公的保険はすばらしい」は幻想だ
オバマ政権の悲願である「公的保険」の創設が法案に盛り込まれる見込みだが、医療費削減や保険料の低減にはつながらない
バラ色の未来? 賛成派は公的保険によって医療財政と国民の健康が救われると主張するが(写真はフロリダ州で改革を訴える人たち、9月3日)Carlos Barria-Reuters
10月26日、米上院は医療保険改革法案に、懸案だった公的保険の創設を盛り込む方針を発表した。だが、この問題ほど人によって解釈が異なるテーマもないだろう。
賛成派に言わせれば、公的保険の導入は貪欲な民間保険会社を懲らしめ、保険料を手頃な価格に引き下げる格好の手段。一方、反対派に言わせれば、これは政府が管理する一元化された保険制度への一歩だ。
実際には、この問題の本質は現実を直視しようとしない政治家の姿勢の表れといえる。公的保険によって医療費が抑制され、質の高い医療を受けやすくなるという議論は、まやかしにすぎない。
エール大学のジェイコブ・ハッカー教授(政治学)が提唱した形の公的保険制度では、政府が創設する非営利の保険団体が65才以下の人にメディケア(高齢者医療保険制度)のような保険を提供する。ただし、メディケアと違って、医療費は税金ではなく主に保険料でまかなわれる。アメリカ国民は公的保険と民間保険を選択できるわけだ。
リベラル派は、競争と選択の自由が高まると主張する。保険料が安い公的保険が登場すれば民間保険会社も保険料を引き下げ、あらゆる層の人々の医療費が抑制されるという議論だ。
さらに、ある試算によれば、メディケアの運営費は支出のわずか3%(民間の保険会社では13%以上)。そのため、新たな公的保険でも諸経費などの運営コストを安く抑えられるという見方が広がっている。
だが批判派によれば、そんな予想はナンセンス。公的保険が低コストに見えるのは幻想にすぎない。
公的保険の最大の強みは、医療機関による医療費請求をメディケアと同じか、それに近い低額に抑えられることだ。医療コンサルティング会社のリューイン・グループによれば、その額は民間保険会社への請求額より30%も安いという。だとすれば、公的保険は保険料を民間より安く設定でき、多くの加入者を集められる。
運営コストの安さは数字のトリック
もっとも、公的保険が医療費削減につながるわけではない。医療機関は人為的に抑制された公的保険の医療費のマイナス分を穴埋めするために、保険会社への請求を割り増しするだろう(メディケアでもすでに同様のことが起きている)。保険会社は生き残るために、保険料を値上げせざるをえなくなる。
運営コストについても、公的保険の強みが誇張されすぎていると、批判派は言う。民間の保険会社とメディケアの運営費の違いは統計上のまやかしだ。
メディケア加入者の医療費は年間平均1万3ドル(2007年)で、65歳以下の人の3946ドルよりずっと高い。そのため、メディケアでは支出に占める運営費の割合が小さくなる。だが、新たな公的保険には若年層が加入するため、こうした数字のトリックは使えない。
同様に、メディケアは独占状態のため、マーケティング費が安くすむ。だが競合相手がいる公的保険では、多額のマーケティング費を投じる必要がある。
さらに、メディケアに対する政府の財政支援を考慮しない比較は、誤解を招きやすい。新たな公的保険も政府の支援を必要としており、赤字に陥ったら議会が必ず救済するはずだ。
公的保険の明るい未来は幻想だ。政府は自身の権限を拡大するために、選択と競争という自由市場のレトリックを利用している。