最新記事

医療保険改革

「公的保険はすばらしい」は幻想だ

オバマ政権の悲願である「公的保険」の創設が法案に盛り込まれる見込みだが、医療費削減や保険料の低減にはつながらない

2009年10月28日(水)11時37分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

バラ色の未来? 賛成派は公的保険によって医療財政と国民の健康が救われると主張するが(写真はフロリダ州で改革を訴える人たち、9月3日)Carlos Barria-Reuters

 10月26日、米上院は医療保険改革法案に、懸案だった公的保険の創設を盛り込む方針を発表した。だが、この問題ほど人によって解釈が異なるテーマもないだろう。

 賛成派に言わせれば、公的保険の導入は貪欲な民間保険会社を懲らしめ、保険料を手頃な価格に引き下げる格好の手段。一方、反対派に言わせれば、これは政府が管理する一元化された保険制度への一歩だ。

 実際には、この問題の本質は現実を直視しようとしない政治家の姿勢の表れといえる。公的保険によって医療費が抑制され、質の高い医療を受けやすくなるという議論は、まやかしにすぎない。

 エール大学のジェイコブ・ハッカー教授(政治学)が提唱した形の公的保険制度では、政府が創設する非営利の保険団体が65才以下の人にメディケア(高齢者医療保険制度)のような保険を提供する。ただし、メディケアと違って、医療費は税金ではなく主に保険料でまかなわれる。アメリカ国民は公的保険と民間保険を選択できるわけだ。

 リベラル派は、競争と選択の自由が高まると主張する。保険料が安い公的保険が登場すれば民間保険会社も保険料を引き下げ、あらゆる層の人々の医療費が抑制されるという議論だ。

 さらに、ある試算によれば、メディケアの運営費は支出のわずか3%(民間の保険会社では13%以上)。そのため、新たな公的保険でも諸経費などの運営コストを安く抑えられるという見方が広がっている。

 だが批判派によれば、そんな予想はナンセンス。公的保険が低コストに見えるのは幻想にすぎない。

 公的保険の最大の強みは、医療機関による医療費請求をメディケアと同じか、それに近い低額に抑えられることだ。医療コンサルティング会社のリューイン・グループによれば、その額は民間保険会社への請求額より30%も安いという。だとすれば、公的保険は保険料を民間より安く設定でき、多くの加入者を集められる。

運営コストの安さは数字のトリック

 もっとも、公的保険が医療費削減につながるわけではない。医療機関は人為的に抑制された公的保険の医療費のマイナス分を穴埋めするために、保険会社への請求を割り増しするだろう(メディケアでもすでに同様のことが起きている)。保険会社は生き残るために、保険料を値上げせざるをえなくなる。

 運営コストについても、公的保険の強みが誇張されすぎていると、批判派は言う。民間の保険会社とメディケアの運営費の違いは統計上のまやかしだ。

 メディケア加入者の医療費は年間平均1万3ドル(2007年)で、65歳以下の人の3946ドルよりずっと高い。そのため、メディケアでは支出に占める運営費の割合が小さくなる。だが、新たな公的保険には若年層が加入するため、こうした数字のトリックは使えない。

 同様に、メディケアは独占状態のため、マーケティング費が安くすむ。だが競合相手がいる公的保険では、多額のマーケティング費を投じる必要がある。

 さらに、メディケアに対する政府の財政支援を考慮しない比較は、誤解を招きやすい。新たな公的保険も政府の支援を必要としており、赤字に陥ったら議会が必ず救済するはずだ。

 公的保険の明るい未来は幻想だ。政府は自身の権限を拡大するために、選択と競争という自由市場のレトリックを利用している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

インフレなおリスク、金利据え置き望ましい=米アトラ

ビジネス

トヨタ、米に今後5年で最大100億ドル追加投資へ

ワールド

ウクライナ・エネ相が辞任、司法相は職務停止 大規模

ワールド

ウクライナ・エネ相が辞任、司法相は職務停止 大規模
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 3
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働力を無駄遣いする不思議の国ニッポン
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 7
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 10
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中