最新記事

マイケル・ジャクソン

マイケルを殺した?あのクスリの正体

「プロポフォール」は本来病院で専門医が使う麻酔薬。専属医は厳しい立場に

2009年7月30日(木)19時44分
ケイト・デーリー

7月28日、捜査当局はラスベガスにあるマーレー医師の自宅とオフィスを再び家宅捜索した(メディアの取材に答えるロサンゼルス市警関係者) Steve Marcus-Reuters

「ポップスの帝王」マイケル・ジャクソンの死因をめぐる捜査は死から1カ月以上経った今も続いているが、はっきりした答えは出ていない。最終的な検視の結果は来週出るとみられるが、現時点で死因として名指しされているのが「プロポフォール」という薬物だ。

 捜査当局は「ディプリバン」という商品名でも知られるこの薬物をマイケルの自宅で大量に発見。専属医も死の前夜にこの薬をマイケルに投与したことを認めたとされている。

 有名人が薬物の過剰摂取で命を落とすのはよくあることだが、原因はたいてい、コカインやモルヒネ、ヘロインなどの麻薬。このプロポフォールという聞きなれない名前の薬物は、いったいどんなものなのか。

「プロポフォールは20〜25年前に麻酔薬として開発された。患者を眠らせるほか、健忘も引き起こす」と、疼痛管理のエキスパートでコネチカット疼痛学会会長のデービッド・クロス医師は言う。

 プロポフォールは救急救命室での処置や手術の際に鎮静目的で使われ、麻酔薬としては理想的な特徴を備えている。「効果はすぐに現れてすぐに消える。点滴を止めれば5分か10分で患者ははっきり目を覚ます」とクロスは語る。

眠っても休めない間違った薬

 不眠症に悩んでいたといわれるマイケルのことだから、プロポフォールの助けを借りてつかの間の眠りにつきたかったのかもしれない。だが悲しいかな、この薬は彼を不眠による極度の疲労から救ってくれなかったと思われる。

「この薬では深い眠りは訪れない」とクロスは言う。「不運なことにマイケル・ジャクソンは間違った説明をされていたか、誤解していたのだ。脳が適切な睡眠段階に入らなかったのだから、きちんと休息が取れないまま目覚めていたのだろう」

 この薬品が病院外で投与されたことについて「信じがたい」と語るのは、ミシガン地域医療センターの心臓麻酔医、ケネス・エルマシアンだ。「薬局に行って処方箋を渡せばもらえるような薬ではない」

 エルマシアンが理事を務める米麻酔学会はプロポフォールの危険性に鑑み、麻酔医としての訓練を受けていない医師が患者に投与することは控えるよう呼びかけている。

 身体への影響の出方が人によって大きく異なることも、この薬の危険性を高めている。「ある患者では大丈夫だった量が他の人にとっても安全だとは限らない」とエルマシアンは言う。年齢や体重、どのくらい水分を取っているかといった要素によって効果は左右され、過剰に投与すると血圧の低下や呼吸困難を招く恐れがある。 おまけに依存症になりやすい。

過失致死罪では「不十分」

 ただし少ない頻度で適切に投与するなら、危険性はそれほどでもない。「手術のために1回使うくらいなら依存症にはならない」とクロスは言う。「リカバリールームで目を覚ましたら、それで終わりだ。呼吸抑制との関連性もない。適切に投与されればこの薬は非常に安全だ。最も安全な薬の部類に入る」

 だがマイケルの場合はそうではなかった。「複数の薬品の過剰摂取だったと判断されるのではないかと予想している」とクロス。「たぶんあの晩、彼は他の薬も摂取したのだろう」

 マイケルの専属医、コンラッド・マーレー医師は厳しい立場に立たされている。AP通信によれば、マーレーは警察に対し、マイケルにプロポフォールの点滴を行なったことを認めたという。もし点滴中のマイケルの状態をきちんと監視していなかったとすれば、過失致死の容疑では不十分だというのがクロスの考えだ。

 クロスは言う。「弾丸を装填した銃を渡して『引き金を引け』と言ったようなものだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中