最新記事

アメリカ経済

保険金欲しさに愛車に火を放つ愚

車のローンが払えず違法投棄で保険金を騙し取ろうとするアメリカ人が急増 

2009年6月19日(金)17時32分
ジェシカ・ラミレス(ニューヨーク)

不法廃棄 フロリダ州の運河でも保険金目当ての自動車投棄が問題に Carlos Barria-Reuters

 アメリカ人は車を愛していたものだ。しかしこの不況で、その愛も冷めはじめている。

 例えばサウスカロライナ州のある男性は今年初め、02年式のフォード社製ピックアップ車が盗まれたとして保険を申請。車はすぐに自宅から数キロのところで黒焦げになった状態で発見された。こじ開けられたような形跡は見つからなかった。代わりに明らかになったのは、この男性が車のローンの支払いを滞納し、過去2回もローンの借り換えをしていたのを隠していたこと。

 カリフォルニア州のある女性は、GM社製の02年式SUV車が駐車場から忽然と消えたと保険申請した。実際のところ、彼女はその車をメキシコで解体し、部品を売りさばいていた。アリゾナ州の男性は、06年式の乗用車の月々の返済ができなくなり、娘の彼氏に、娘との結婚を認めてやるから車に火をつけてくれと頼んだ。

 全米保険犯罪局(NICB)の広報担当者フランク・スカフィディによれば、このように所有者自ら車を放棄してしまうケースが増えていると言う。火をつけたり、水没させたり、解体業者に引き渡したり......。車を維持し続ける負担から逃れるために盗難を装い、保険金を騙し取ろうとするケースは後を絶たない。NICBによると、今年は08年と比べて24%も増加。車の違法廃棄に最もよく使われる放火が疑われる件数も27%増加しているという。

 この手の詐欺の原因が不況にあると証明する確たる統計はない。それでも不況が影響していると思われる兆候はある。NICBのある調査では、04年から08年3月において、保険金詐欺を目的とした車の廃棄件数の増加とガソリン価格の上昇に直接的な相関関係があることが示されている。特に燃費の悪いSUV車やピックアップ車が捨てられた。

 しかし08年後半にはガソリン価格が下落したのに詐欺件数は増え続けた。これは景気後退によるところが大きい、と保険詐欺反対連盟のジム・クイグルは言う。大抵の場合、修理代やローンが払えなくなった結果だ。ただ単に月々の返済額が高すぎるローンを組んでいる場合もある。「普通は経済的なプレッシャーに耐えられない」と、クイグルは言う。「(彼らは)保険金目当てで不要になった車を違法廃棄して、手っ取り早く問題を解決しようとしている」

エリー湖の底からSUV

 多くの州が同様の問題に頭を抱えている。カリフォルニア州とテキサス州は特に顕著で、プロの詐欺集団に車両火災を依頼したというケースも報告されている。自然災害に便乗するパターンもある。昨年大型ハリケーン「グスタフ」が上陸した際、ミシシッピー州の警察はハリケーンの暴風域にある海岸線に放置された何台もの怪しい車を発見した。

 ニューヨーク州詐欺・消費者サービスのスティーブン・ナックマン副本部長によれば、同州では07年、車の違法廃棄による逮捕件数は96人件。08年にはその数は35%も跳ね上がり、130件に上った。

 犯人がこれを簡単に犯せる犯罪だと考えていることも問題だ。この犯罪に手を出す者の大半が、保険会社は特に疑念を持たないだろうと想定している。しかしスカフィディによれば、廃棄された車にはその形跡が残っている。保険金詐欺の手口として一般的ではないが、件数が急増していることもあって保険会社にとっては摘発しやすい。保険会社が証拠を見つけられないと思うなら、考え直したほうがいいと、スカフィディは言う。

 昨年シボレーのSUV車の盗難を申請した女性がいたが、保険会社が彼女の車を発見した場所は5大湖の1つ、エリー湖の底。アクセルには岩が結ばれていた。「こんなことをしても何の得にもならない。保険金が支払われなかったら、すべて自己負担しないといけない上に、訴追される可能性もある」と、ナックマンは指摘する。

 フォード社製のピックアップ車に火を放ったサウスカロライナ州の男性は3年の禁固刑を言い渡された。カリフォルニア州の女性も90日間の実刑を受け、郡刑務所に。娘の彼氏に詐欺を頼み込んだ男の場合は? 彼氏がすべてを警察に自供してしまった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中