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米司法オバマ流・最高裁判事の選び方
リベラル派判事の引退で後任者が間もなく任命される。大統領は自身の価値観を反映する人選でようやく「オバマらしさ」を発揮できる
司法の頂点 連邦最高裁判事は任期のない終身制(前列中央がロバーツ最高裁長官、右端が引退を表明したスーター判事) Larry Downing-Reuters
米連邦最高裁判所の担当記者が社会の役に立つときがあるとしたら、最高裁判事に欠員が出たときだろう。関係者がそろって最終候補者リストを知りたがるからだ。
しかし残念ながら、5月に引退を表明したデービッド・スーター判事の後任(10月に就任予定)について、法曹界の情報は役に立ちそうにない。本当に知りたければMRI(磁気共鳴映像法)装置が必要になる。どうやらバラク・オバマ大統領の右脳と左脳で、憲法解釈と裁判所をめぐる極めて興味深い戦いが繰り広げられているようなのだ。
周知のとおり、大学で憲法学を教えた経験もあるオバマは司法への思いが強い。ロバート・ギブス大統領報道官も、最高裁判事に関しては「大統領が1人で決めるだろう」と言う。
終身制である最高裁判事の人選は、今後数十年にわたりオバマの評価を左右することになる。その決断は大統領就任からの数カ月を象徴するあやふやな憲法解釈というより、彼の価値観と好みを明らかにするだろう。
最高裁判事の指名には安全保障に関わる制約もなく、オバマはようやく大胆になれる。知的論争に疲れ果てた最高裁左派の心臓に、除細動ショックを与えて蘇生させるような人物を選ぶチャンスだ。
私を含む誰もが、尊敬される漸進主義者であるスーターの席に、尊敬される漸進主義者が送り込まれるだろうと思ってきた。しかし私は最近、黒人初の最高裁判事となったサーグッド・マーシャルや、リベラル派判事として鳴らしたウィリアム・ブレナンの「後継者」が指名されるという予想外の展開もありそうな気がしてならない。
弱者と強者を対等にする役割
オバマはまず、上院の指名承認で議事妨害を心配する必要がない。それ以上に、穏健派でミニマリストの判事が、過激なリベラル派と同じくらい激しい反発を受けることは確実だ。市民団体「判事承認ネットワーク」は既に、候補と目される数人の中傷広告を流している。もっとも、誰が選ばれても、オバマはヒステリックな中絶支持の過激派を選んだと保守派から非難されることに変わりはない。
オバマは法律的な「共感」──人によって感じ方の異なる厄介な言葉だ──について語るが、筋金入りのリベラル派を好むという意味ではない。著書『合衆国再生──大いなる希望を抱いて』でも述べているように、「相手の主張にも一理あるかもしれない可能性」を受け入れることのできる資質を判事に求めているのだ。
相手と議論するメリットがあると思うとき、オバマの実用主義と中道主義は頂点に達する。だから最高裁判事の人選で大胆になるということは、連邦裁判所の役割について、オバマが政治的右派とどれだけ「共感」するかという意味になるかもしれない。
05年に上院議員だったオバマはジョン・ロバーツ最高裁判事(現最高裁長官)の指名に反対票を投じた。その際にオバマは、ロバーツには資質があるとしながら「共感の深さと広さ」を懸念し、法律家として「並外れた能力を、弱者と対決する強者のために」もっぱら使ってきたことを指摘した。
投票をめぐり迷いを隠さなかったオバマだが、弱者と強者を対等にするうえで最高裁判事が重要な役割を演じるという点は明言した。ロバーツの憲法観を自分が認めるようになりたいのではなく、ロバーツにいつか自分の憲法観を受け入れてほしいとも示唆した。
「ビジョンのあるミニマリスト」
大統領が最も信頼する法律顧問の1人キャス・サンスティーンは昨年のニュー・リパブリック誌で、オバマを「明確なビジョンのあるミニマリスト」と評した。国家の大胆なビジョンを持ちつつ政治プロセスを尊重するという意味だ。
オバマは国家を劇的な変化に向かわせながら、イデオロギーの合意を形成したいと考えている。大胆な予見者にして実用的な中道主義者の最高裁判事候補がいるとしたら、その名前はバラク・オバマかもしれない(大統領は最高裁判事にはなれないが)。
リベラル派と保守派の間で「決定票」を握るアンソニー・ケネディ最高裁判事を少し左へ引き寄せるような、慎重で穏やかな人物を選ぶのか。それとも筋金入りのリベラル派か。オバマの決断は早ければ5月末にも判明する。
ホワイトハウスで最終候補者に面接を行っているという話もある。最有力なのはダイアン・パメラ・ウッド第7巡回区控訴裁判所判事のようだ。ウッドは長年にわたって名だたる保守派判事と対等以上にやり合ってきた。
ウッドか、あるいはパメラ・カーランやキャスリーン・サリバン(共にスタンフォード大学法科大学院教授)など法学界のスターが選ばれるかもしれない。そうなれば、オバマはほとんどのことで妥協する用意があって辛抱強く相手の話を聞くつもりだが、最高裁判事に関しては、ビジョンのあるミニマリストはビジョンのあるミニマリストを選ぶということだ。