最新記事

追悼

「夜中に何度も目を覚ました」

95年当時のロバート・マクナマラ元米国防長官が本誌に語った苦渋の日々と未来への教訓

2009年4月7日(火)12時00分

----あなたにとって、ひどくつらい時期はあったのか?

 あった。われわれがまちがっていたと悟ったときだ。このままのやり方では目的を達成できないとわかったときだ。今さら方針を変えることも、人命の損失を抑えて目標に突き進むこともできそうになく、それが重荷だった。

----息子さんとの間でもつらいことがあったとか。

 彼は当時、スタンフォード大学の学生で、徴兵猶予の資格があったが、あえてそれを放棄した。息子はベトナム戦争に反対していたが、同年代の若者が徴兵されているのに自分だけ安穏としているのはモラルに反すると思っていた。

 そこで入隊検査を受けたのだが、持病のため不合格になった。「合格していたらどうした?」と聞くと、息子は答えた。「ベトナムで戦って人を殺すのは道義に反すると思うが、行かざるをえなかっただろう。国民の一人として、選挙で選ばれた政府が命じることは受け入れるべきだと思う」

 これはとてもつらい会話だった。なにしろ自分の息子のことだから切実だった。しかし政権中枢にいた他の人たちも、ベトナムで死んだ人たちのことは気遣っていた。そういう思いを口にすることはなかったが。

----あなたは国民よりジョンソン大統領への忠誠を優先したという批判があるが。

 そういう問題ではない。議院内閣制であれば、閣僚たちが力を合わせて首相を更迭することもできる。だがアメリカは違う。閣僚は大統領の代理人でしかない。だから大統領に従うか、さもなくば辞任するしかない。

 たとえ辞任しても、元閣僚という立場を利用して大統領を攻撃するのはどうかと思う。そう思わない人が多いのは承知しているが、私としては憲法に照らしてこれが正しい考えだと信じている。
  
----だが憲法解釈と多くの人命をはかりにかけたら......。

 本の中で述べているように、私は国防総省にいて、67年5月から68年2月の辞任まで、ベトナムに20万人の増援部隊を送ることには一貫して抵抗していた。

----辞任後には戦争終結のために尽力したのか。

 戦争を終わらせるために私にできることがあれば、(世界銀行総裁の)職を辞してもいいと思っていた。だが打つ手が見つからなかった。あの時点で私が何を言おうと、効果はなかっただろう。

----そうだろうか。もしあの頃、本を書いていたら?

 当時は本を書く力がなかったし、分別もなかった。

----執筆中にベトナム戦争のことを夢に見たりしたか。

 いや。だが夜中に目を覚ますことはあった。ベトナムのことで頭がいっぱいだった。だから枕元に筆記用具を置き、すぐに書けるようにしていた。

----あなたは涙もろい人間のように見えるが。

 確かに涙もろい。その理由の一つは、私がとても感情的な人間だからだ。今も昔もそれは変わらない。

----60年代にも泣いたことはあるか。

 もちろんだ。だが、涙を見せなかった人たちも十分すぎるほど苦しんでいたはずだ。泣いて苦悩を他人に見せてしまうのはよくない。だが私とハンフリー副大統領には、そういう弱みがあった。

----戦争にまつわる苦悩から涙もろくなったのか。

 とんでもない。私の性格がベトナム戦争後に変わったという友人がいるとすれば、それは私がフォード社にいたときのことを知らないからだ。あの頃から私は基本的に変わり者とみられていた。ヘンリー・フォードの娘の結婚式にも顔を出さず、共和党への寄付もしない変なやつだと。だが会社を儲けさせているかぎり、私は自分流でやっていけた。だから、当時は無視されていた車の安全性や環境基準、省エネなどを推進したのだ。

----当時、あなたは傲慢だったのではないか。会議などで相手を徹底的にやり込めることで知られていたが。

 それは違うと思う。私はいちずで、確信と力に満ちていた。それは今でも同じだ。ときどき自覚することもある。私は厳しすぎるのだろう。そのつもりはないのだが、つい強く出てしまう。よくないことだが、それは傲慢だからではなく、信念があるからだ。

----ベトナム戦争当時、あなたは戦死者数などの統計にこだわりすぎていたのではないか。

 いや。それは質問自体がおかしい。正しくはこう聞くべきだ。まちがった「戦略」に頼りすぎたのではないか、国民の心をつかもうとせず、伝統的な軍の戦術に頼りすぎたのではないか、と。そういう問いなら、答えはイエスだ。完全にまちがっていた。

 われわれが戦争の進行状況を正しく把握していたと主張するつもりはない。ただ、状況を把握しようとした努力は正しかったと思う。だがその方法が非常にまずかった。敵の反応を読み損なった。

----ニュート・ギングリッチはデービッド・ハルバースタムの著書『ベスト&ブライテスト』でジョンソン大統領の逸話を読み、政府観が変わったと語っている。ハーバード大学出身のエリートで、田舎の保安官に立候補した者は一人もいないこと、それが問題だとジョンソンは言ったそうだが。

 ギングリッチはまちがっている。ジョンソンはハーバード出のエリートたちをやめさせることもできた。だが、手元においておきたかった。政府指導者には知性も教育も必要ないという考えはまちがっている。だがギングリッチの言うことにも一理ある。私が人生をやり直せたら、政治家をめざすだろう。保安官に立候補してもいい。その点で、私には経験が欠けている。

----米軍を全面的に投入していれば勝てたという説に関してはどう思うか。

 ジョンソン大統領と私はそれに反対し続けた。一つには、中国やソ連と戦いたくなかったからだ。軍部が主張した計画には中ソ連との戦争に拡大しかねないものもあり、そうなれば核兵器を使わざるをえなくなる可能性もあった。それには絶対に反対だった。

 われわれが北ベトナムに侵入したら、ソ連や中国が介入してこないはずはない。そうなれば両大国との対立がエスカレートするか、長引く冷戦の泥沼に陥ってしまう。これは「サダム・フセインを追ってバグダッドまで侵攻すべきか」という、湾岸戦争当時の問題とよく似ている。ブッシュとパウエルは侵攻しなかった。正しい判断だった。アメリカが北ベトナムを占領していたら、北ベトナムの兵士たちも山中に逃げてゲリラ化していただろう。

 ではニクソンが72年に行った北爆を66年の行うべきだったのか? 当時、軍部は北爆を進言していなかった。たとえ実行したとしても、うまくいかなかっただろう。第2次大戦中、私はマリアナ諸島にいた。米軍は1945年に東京を爆撃し、通常爆弾で1日に10万人もの犠牲者を出した。だが日本の態度は変わらなかった。皆殺しにするくらいの規模でないがぎり、爆撃で国民の意思を変えることは不可能だ。

----結局、ベトナム戦争の重要な教訓とは何か。

 私は本の結論でそれを論じている。簡単に言えば、紛争の性質を見誤ってはいけないということ。そしてナショナリズムの力を甘くみてはいけないということだ。将来起きるであろう紛争の多くはナショナリズムが原因だ。外国の軍隊の力を過大評価してはいけない。外国の軍に「崩壊した」国家を再建することはできないのだ。また、アメリカの安全が直接脅かされているのでないかぎり、単独で行動を起こすべきではない。

[1995年4月26日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢氏、日本が失うのは「数百億円の下の方」 対米投

ワールド

上海でAI会議開幕、中国の李首相は世界的な協力組織

ビジネス

NASA、職員の20%が退職へ=広報

ワールド

タイとカンボジアの衝突3日目に、互いに停戦と交渉開
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や流域住民への影響は?下流国との外交問題必至
  • 2
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 6
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「電力消費量」が多い国はどこ?
  • 10
    機密だらけ...イラン攻撃で注目、米軍「B-2ステルス…
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 3
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や流域住民への影響は?下流国との外交問題必至
  • 4
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 5
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 8
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞…
  • 9
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 10
    参院選が引き起こした3つの重たい事実
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 10
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中