最新記事

シネマ&ドラマ

映画

アクションに徹したスタトレ最新作

Enterprise Ethics

テレビシリーズの特徴だった倫理的な問い掛けや理想主義が切り捨てられて、マニアはがっかり。だが娯楽大作としては今年の目玉の一つ

2009年6月17日(水)15時13分
マーク・ベイン

印刷

 ロボットやエイリアンがどれだけ出てきても、SFの本当のテーマは「人間」だ。『スター・トレック』も例外ではない。

 このシリーズは66年にテレビドラマとしてスタートして以来、宇宙を舞台にしながら、人間について哲学的な問いを投げ掛けてきた。戦争、環境、宗教、性差別、人種差別、動物愛護、性的志向など、過去40年の論点はほぼ網羅した。

 例えばテレビシリーズ『宇宙大作戦』の第67話「キロナイドの魔力」には、その外見のために不当な扱いを受ける奴隷が登場する。カーク船長が彼に言う。「私の故郷では、体形や肌の色が問題になることなどない」

 この回が放映されたのは68年。公民権運動真っ盛りの時代で、マーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺されて7カ月半後のことだ。この回には、テレビ初の黒人と白人のキスシーン描写もあった。

「普通なら考えもしないことを考えさせるドラマだった」と語るのは、『スター・トレックの倫理』の共著者でインディアナ州立大学教授のジュディス・バラド。「未来への希望を示し、誰もが目指せる目標を示した。だからこそ長続きしたのだと思う」

 だが、5月8日に全米公開された最新の映画版は違う。哲学的というより、筋肉系のノリなのだ。ややこしい倫理的な問題は影を潜め、アクションシーンと特殊効果ばかりが目立っている。

「艦隊の誓い」もどこへやら

 最新作は、エンタープライズ号のおなじみの面々がどんな経緯で集まったかを描く。登場人物の個性は変わらないし、宇宙船のリアルさはシリーズ史上最高だ。

 その一方で、政治や道徳に絡む要素が消えてしまった。これまでのシリーズは、争いを批判したり、寛容さを説くことが多かった。ところが最新作が描くのは、戦争で荒れ果てた未来。醜い復讐劇が渦巻き、大爆発がやたらと起こる。

「このシリーズで大事なのは、特殊効果じゃない。人間の在り方だ」と語るのは、シリーズの生みの親ジーン・ロッデンベリーのアシスタントを長く務めたスーザン・サケット。「多くのエピソードに、学ぶべき教訓があった」

 SFはいつも、製作された時代を映し出す。『スター・トレック』が初めて放映された頃には、人種差別や女性解放、ベトナム戦争、冷戦が大きなテーマだった。

 シリーズはこれらをしっかり扱っていた。ウフーラ通信士は、テレビで初めて主要な役を与えられた黒人女性だ。アメリカでソ連が最も敵視されていた時代に、エンタープライズ号にはロシア人クルーのパベル・チェコフがいた。

 惑星連邦の「艦隊の誓い」は、異星人の文化に干渉してはならないと定めていた。サケットによれば、ロッデンベリー流のベトナム戦争批判である。

 最新作の脚本をアレックス・カーツマンと共に担当したロベルト・オーチー(『トランスフォーマー』などの脚本も手掛けた)は、道徳的な側面が欠けているという指摘に納得していない。「欺くということの本質を追究した作品だ」と、彼は言う。

トレッキーには裏切り行為

 オーチーによれば最新作が目指したのは、古いファンを満足させながら、新しいファンを獲得すること。そのため、どこかを切り捨てなくてはならなかった。切られたのは、人間は人間とではなく、エイリアンとだけ戦うという未来のイメージだ。「初期のシリーズには、理想論的過ぎるという批判もあった」と、オーチーは言う。

 確かにふに落ちない部分はあった。人種差別や性差別に批判的なくせに、女性乗組員はミニスカートをはき、船長は魅力的なエイリアンとベッドを共にして、主要人物3人(カーク、スポック、マッコイ)は白人男性だった。

 それでも「希望」というシリーズのメッセージは、当時としては画期的だった。何世代にもわたる視聴者の共感を得たことも確かだ。

 オーチーは、放映当初のシリーズが60年代を映し出したのと同じことを、最新の映画版で目指したという。「やり過ぎないように気を付けながら、ここ10年ほどの出来事に結び付けようとした。例えば9・11テロもそうだ」

 なるほど。だとしたら、オーチーらの現代を見る目が、40年前のオリジナル版より悲観的ということなのだろうか。道徳的な教訓もまったく見当たらないのだが。

 今年の娯楽大作の目玉であることは確かだろう。しかし社会への問い掛けを放棄したこの映画が、『スター・トレック』の精神とファンに忠実なはずはない。

[2009年5月27日号掲載]

今、あなたにオススメ

最新ニュース

ワールド

ペルー大統領、フジモリ氏に恩赦 健康悪化理由に

2017.12.25

ビジネス

前場の日経平均は小反落、クリスマス休暇で動意薄

2017.12.25

ビジネス

正午のドルは113円前半、参加者少なく動意に乏しい

2017.12.25

ビジネス

中国、来年のM2伸び率目標を過去最低水準に設定へ=現地紙

2017.12.25

新着

ここまで来た AI医療

癌の早期発見で、医療AIが専門医に勝てる理由

2018.11.14
中東

それでも「アラブの春」は終わっていない

2018.11.14
日中関係

安倍首相、日中「三原則」発言のくい違いと中国側が公表した発言記録

2018.11.14
ページトップへ

本誌紹介 最新号

2024.12. 3号(11/26発売)

特集:老けない食べ方の科学

2024.12. 3号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

食事 最新科学が解き明かす老けない食べ方
アドバイス 和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法は
食事法 認知機能を守るMINDダイエット
習慣 食事の時間枠を短くすれば脂肪は楽に落ちる
フード ヘルシー? 食べてはダメ? 話題の食材を徹底検証
■天然魚 サーモンよりエサのほうが高栄養/■リンゴ酢 爽やかな酸っぱさが減量を後押しする/■シーモス TikTokで大注目「スーパーフード」の正体/■超加工食品 体だけでなくメンタルにも影響/■パスタ ひと工夫で炭水化物もヘルシーに/■赤身肉 バランスを取れば恐れる必要なし/■緑黄色野菜 体が欲しがるのは赤い色素より抗酸化・抗炎症作用
デジタル雑誌を購入
最新号の目次を見る
本誌紹介一覧へ

Recommended

MAGAZINE

特集:静かな戦争

2017-12・26号(12/19発売)

電磁パルス攻撃、音響兵器、細菌感染モスキート......。日常生活に入り込み壊滅的ダメージを与える見えない新兵器

  • 最新号の目次
  • 予約購読お申し込み
  • デジタル版

ニューストピックス

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム&ブログ
  • 最新ニュース