「短歌は好きのレベルを超えている」韓国人の歌人カン・ハンナは言った
歌集『まだまだです』に収められた〈韓国と日本どっちが好きですか聞きくるあなたが好きだと答える〉 MAKOTO ISHIDA FOR NEWSWEEK JAPAN
<韓国で天気キャスターなどをしていたが2011年に来日。日本語で短歌をたしなみ、歌集『まだまだです』を出版した。タレント、歌人、学者の顔も持つカン・ハンナに聞いた短歌、日本、日韓のこと。本誌「私たちが日本の●●を好きな理由【韓国人編】」特集より>
テレビ画面の端に映る小さなワイプ画面の中で、カン・ハンナ(38歳)は涙をぬぐっていた。メイン画面では別の場所にいるスピードワゴンの2人と小島よしおが話していたが、彼らがおかしかったからではない。彼女の初めての歌集『まだまだです』(KADOKAWA)の発売を祝う言葉に心を打たれていたのだ。
歌人でタレントのハンナは現在、NHKのEテレで放送中の『NHK短歌』にレギュラー出演している。2019年12月1日の放送で、そんなシーンがあった。
日本語で短歌をたしなみ、歌集まで出版した彼女はソウル出身の韓国人だ。韓国で天気キャスターなどをしていたが、30歳を迎える頃、人生に悩んでいたという。
それまで南米など各地を旅行していたが、なぜか日本に来ると自分らしく過ごせる気がする。そこで日本で暮らしてみようと決意し、飛行機に飛び乗った。
折しもタイミングは2011年2月。短歌はおろか、日本語もほとんど話せなかった彼女は、来日してすぐ東日本大震災に直面した。
「何が起きているのかよく分からず、周りの友人はみんな帰国してしまったけれど、私は逆に日本にいたい気持ちになった。『帰ってこないと娘として認めない』と母に言われたけれど、悲しみに暮れている人がいる場所から去ることに納得できない思いがあった」
このまま帰ってしまったら、他者の悲しみを理解できない人間になってしまうのではないか。そう感じた彼女は、異国で独り暮らす孤独を選択した。
以来約3カ月間、寝る間も惜しんで日本語を独学し、芸能事務所に所属するかたわら大学院進学を目指した。そして2015年に横浜国立大学大学院に入学し、現在は博士課程で日韓関係を研究している。
短歌と出合ったのは2014年だ。NHKのオーディションがきっかけだった。以前に新海誠監督のアニメ映画『言の葉の庭』を見て、そのテーマとなっていた万葉集については知っていた。「31文字の持つ力ってすごいな」と思ってはいたが、まさか自分が短歌を詠むとは想像もしなかった。
「でもマネージャーに『短歌って知ってる? オーディション受けてみない?』と言われたときに、なぜか『来た!』と思った」と笑って振り返る。
オーディションでは短歌を書く課題もあり、彼女は100首も詠んだという。「いま考えると、5・7・5・7・7に言葉を当てはめただけのもの。それでも合格できたのは、可能性を見てもらえたからかもしれない」