最新記事

BOOKS

「物語はイズムを超える」翻訳家・くぼたのぞみと読み解くアフリカ文学の旗手・アディーチェ

2020年1月16日(木)18時00分
Torus(トーラス)by ABEJA

くぼた:アディーチェが語ったTED Talksの『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』が、世界中で予想を超えるヒットになりました。アディーチェの最良の部分は、やはりストーリーテラーだということでしょう。物語に託して細やかな心の襞を描き分け、いくつもの小さな物語を通して、立場の違う人と人の関係を描いています。差異を認め合うにはまず言葉にしなければ、理解できない。違いがあっても、それを認めて支え合うことはできる。そういう可能性を開いて見せてくれているようです。

例えば、代表作『アメリカーナ』(2016年)。主人公イフェメルはナイジェリア出身のイボ人で、子どもの頃からぼんやりアメリカ行きを夢見ていました。

そんなイフェメルと、高校時代に、いっしょにアメリカへ行くことを約束した恋人オビンゼとの恋愛が描かれています。

Torus_kubota07.jpg

くぼた:物語の前半は、アメリカへ渡ってブロガーとして成功したのに、ラゴスへ帰郷することにしたイフェメルが、美容院で西アフリカ出身の美容師に髪を編んでもらいながら、自身の過去を振り返ります。

母国の学校時代の話、アメリカに来たばかりのころ家賃を払えずに苦境に瀕した話、一度は身につけた「アメリカ的」な話し方を捨てて、幼いころから馴染んできたナイジェリア英語で話そうと決めた時の話......。

「アフリカ」というと一般にアメリカ人がどんな反応をするか、それが移民たちのあいだにどんな反応を引き起こすかを、リアルに伝えるシーンがあります。美容師のアイシャが、イフェメルの髪を編み込んでいます。アイシャにはイボ人の恋人がいて、同じイボ人であるイフェメルに「結婚」について聞きます。


「でもそれ、本当? イボ人はいつもイボ人と結婚するって?」
「イボ人はいろんな人と結婚してるわよ。私のいとこの夫はヨルバ人。おじさんの奥さんはスコットランド出身」
アイシャは髪をねじりながらちょっと黙り、鏡のなかのイフェメルを見つめて、彼女のことばを信じていいのか決めかねているようだった。
「妹が本当だっていう。イボ人はいつもイボ人と結婚するって」
「どうして妹さんにわかるの?」
「アフリカにいるイボ人をたくさん知ってる。布を売ってるから」
「どこにいるの?」
「アフリカ」
「どこ? セネガル?」
「ベナン」
「なぜ、国の名じゃなくてアフリカっていったの?」とイフェメルは訊いた。
アイシャが舌打ちした。「あんたアメリカのことがわかってない。セネガルっていったら、それどこ? ってアメリカ人はいうでしょ。ブルキナファソからきた友達に、それラテンアメリカの国? って訊くよ、あの人たち」髪をねじる作業を再開したアイシャの顔に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。まるでここがどうなっているのか、イフェメルには理解できないのかというように訊いてきた。「アメリカにあんたどれくらい?」
イフェメルはそのときアイシャのことを好きにならないと心に決めた。(中略)
何年も前におなじような質問を受けたことがある。ウジュおばさんの友達の結婚式で、そのとき彼女は二年と答えた。事実だった。ところがナイジェリア人たちの顔に浮かんだ嘲りの色から、アメリカにいるナイジェリア人に、アメリカにいるアフリカ人に、そしてはっきりいってアメリカにいる移民に、まともに取り合ってもらう栄光にあずかるには、滞在年数を上乗せしなければならないことを学んだのだ。

『アメリカーナ』河出文庫所収 から抜粋)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

住商、マダガスカルのニッケル事業で減損 あらゆる選

ビジネス

肥満症薬のノボ・ノルディスク、需要急増で業績見通し

ビジネス

シェル、第1四半期利益が予想上回る 自社株買い発表

ビジネス

OECD、世界経済見通し引き上げ 日本は今年0.5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中