最新記事
科学新薬実験はマウスの代わりに「臓器チップ」で
マイクロチップを使った疑似臓器で新薬試験のコストダウンと信頼性向上を目指す
夢のツール ハイテクを駆使した「臓器チップ」が新薬開発の頼もしい助っ人に WYSS INSTITUTE/HARVARD
新薬開発はいばらの道だ。アメリカの場合、新たに開発した薬が臨床試験を経て米食品医薬品局(FDA)に認可されるまでに、15年の歳月と50億ドルの費用が掛かるケースもある。
その一因となっているのが薬の安全性や効能を確認するための試験ツール。人間での臨床試験に入る前に新薬の安全性や効能を確認する方法は、今のところ主に2つ──培養細胞を使う方法と、ラットやサルなどを使った動物実験だ。しかしこれらの試験では、人間の体内とまったく同じ条件を用意できるわけではない。そのため、人間に投与した場合の安全性や効果を判断しにくい場合もある。
何とかして新薬試験のコストを削減し、失敗する確率を抑えられないものかと、研究者たちは模索し続けている。そんななかでハーバード大学ウィス研究所の研究者チームは素晴らしい解決策を開発した。人体のさまざまな器官を再現した「臓器チップ」だ。
臓器チップはUSBフラッシュメモリくらいの大きさ。透明で弾力性のあるポリマー製マイクロチップの上で実際の人間の細胞を培養、人体に近い状態で試験を行うことができる。
最終的には肺、心臓、腸など人体の10の器官のチップを作製し、それらを血管チャンネルでつないで、ミクロの規模で人体の生体反応をシミュレーションすることを目指す。そうすることで新薬試験のコストを抑え、信頼性を向上させようという狙いだ。
「臓器チップ」の第1号は、08年に作製された肺チップ。チップ上には小さな流体チャンネルが複数ある。それぞれのチャンネルが多孔膜で2つに区切られ、一方にはヒトの肺細胞が、もう一方には毛細血管細胞が並んでいる。肺細胞側に酸素が取り込まれて呼吸を再現する。
ウィス研究所のドナルド・イングバー創設所長らは、肺チップの肺細胞側にバクテリアを入れて疑似感染させ、毛細血管側に白血球細胞を入れて何が起きるかを観察した。すると白血球が中央の膜を通って肺細胞側に入り込み、バクテリアを攻撃した。これは感染症と闘うヒトの肺の中で起きている免疫反応とまったく同じだ。
臓器チップのデータはまだ不十分で、信頼性を立証するには至っていない。それでもこれらのチップがラットなど実験動物に取って代わるのは時間の問題だと、イングバーは言う。
イングバーらの研究チームは、今後2年間で臓器チップの試験を終えて実用化することを目指している。「(FDAから)動物実験と比べて遜色がないと分かれば、実験動物ではなく臓器チップを使って行った試験のデータを認めることも検討する、と言われている」
製薬会社や患者はもちろん、ラットにとっても朗報かもしれない。
[2015年7月28日号掲載]