最新記事

日本経済

米議会演説から「アベノミクス」が消えたわけ

2015年5月8日(金)15時15分
岩本沙弓(経済評論家)

 つまり、現在の米国はアベノミクスとされる日本のマクロ経済政策3本全ての成果について、さらに輸出大企業主導の経済回復についても否定的です。実際に、第一の矢で異次元の量的緩和を実施し、第三の矢として減税を含めた輸出大企業中心の優位策を実施しても、第二の矢を理由に内需を徹底的に疲弊させる消費税増税をすれば元も子のないというのは米財務省に指摘されるまでもないことです。株価が上がったのもGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)など公的年金の投入による人為的操作が大きいとなれば、さすがに共同会見でも米議会でもアベノミクスという単語を封印させざるを得なかったのでしょう。

 内閣官房参与の浜田宏一・米エール大名誉教授が購買力平価からすると1ドル=120円はかなり円安と言い出したのは4月13日のBS放送内のことでした。4月9日に既に発表となっていた為替報告書内ではIMF(国際通貨基金)の試算を参照し、中期的には1ドル102円水準であった頃が実効実質為替レートとしては適当といった指摘をしていたので、これを受けての発言だったとも考えられます。4月30日の金融政策決定会合後、記者会見での黒田東彦・日銀総裁の追加緩和への歯切れの悪さが話題となっていました。それがすべてとは言いませんが、米国が金融緩和の限界を指摘しているのを受けての発言の変化か、と透けて見えてくるようです。かように原文は有用です。

 原文と言えば、安倍首相とオバマ大統領の共同記者会見の誤訳は酷いものでした。同時通訳では「沖縄の普天間基地の移転について、より柔軟に対応したいと思います」でしたが、正しくは「沖縄に駐留する海兵隊のグアムへの移転を前進させることを再確認した」だったというものです。オバマ大統領が「日米ガイドライン」の具体的な内容として掲げたトピックであり、沖縄の基地問題の行方を左右する内容でもあります。メディアに圧力を政府がかけているのか否か、ワタクシ自身は知る由もありませんが、圧力がかかるのではないかとメディア側が自制を意識・無意識にしている、原文にあたらないなど、複合的要因によって発生した象徴的な出来事かと思います。メディアの誤報がネット上で騒ぎとなり、それを受けてすぐ訂正というのは全くお粗末な話です。

 いつも以上に最新の米為替報告書の報道が国内で目立たなかったのも政府への忖度からという側面があるのではないか。特段、米国の指摘だからといって恭しく受け取る必要もありません。客観的な分析として淡々と受け止めればいい、というだけの話です。原文にあたるのは基本中の基本であり、それが正確に伝わればこそ国民を巻き込んでの議論がきちんとできるというもの。健全なるメディア・リテラシーのために、そして少々大げさではありますが健全なる民主主義のために、専門分野の原文にあたった上で、国民の議論のベースとなる材料の提供を本コラムで心掛けていきたいと考えています。

<岩本沙弓さんの連載コラム『現場主義の経済学』はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

チリ大統領選で右派カスト氏勝利、不法移民追放など掲

ワールド

ボルソナロ氏の刑期短縮法案に反対、ブラジル各地で抗

ビジネス

26年度賃上げスタンス、大半の支店で前年度並みとの

ワールド

米ブラウン大銃撃、拘束の「重要参考人」釈放へ 事件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中