最新記事

世界経済

日銀の追加緩和で円も人民元と同罪に

乗り遅れれば輸出市場を失うとばかり、日本も量的緩和(QE)合戦に突入したが

2012年10月30日(火)19時34分
ジェームズ・パーカー

今は昔 日銀が世界で初めての量的緩和を行った10年前、各国は「邪道」と非難した Toru Hanai-Reuters

 2008年の世界金融危機以降、金融の量的緩和(QE)という言葉は一般にまで広く知られるようになった。短期金利を操作する伝統的な金融政策が景気刺激の役に立たなくなったとき、世界の中央銀行がこぞって頼りにしたのが長期金利を引き下げるQEだ。

 QEは、FRB(米連邦準備理事会)や欧州中央銀行(ECB)、日本銀行やイングランド銀行にとって欠かせない武器になった。景気刺激策としてのQEの有効性は意見が分かれるところだが、同様にその副作用も忘れてはならない。

 量的緩和と言っても実際に紙幣を印刷するわけではないが、それと似た効果を発揮する場合がある。長期金利を引き下げ、貸し出しや借り入れを増やして通貨供給量を増やす。すると大概は資産価格が上昇し、資産効果で消費が刺激されるが、困ったことに物価全般も上がってインフレになってしまう。

 通貨供給量がだぶつくと通貨も安くなることが多い。通貨安は輸出にとっては追い風だが、輸入には不利だ。インフレと裏腹に貨幣価値は下落するので、大きな借金をしている者ほど得をして、お金を貸している者が損をする。厄介なことに、QEで解き放たれた資金は商品市場にも流れ込み、世界中にインフレを輸出してしまう。

「量的緩和」は10年前、日銀の政策を批判する言葉として作られた。それが今は世界に広がり、先月は日銀自身が、予定を前倒しして10兆円の量的緩和を追加実施すると発表した。表面的には、最近QE3(量的緩和第3弾)に踏み切ったばかりのFRBなどの政策を補完し、世界経済を助ける試みに見える。

 だが仔細に見れば、金融緩和の目的は円高阻止だったことが分かる。通貨を切り下げ自国の輸出を有利にしようとする現在進行形の「通貨戦争」、自国の輸出のためなら外国に失業を輸出することもいとわないという「近隣窮乏化政策」の中で、日銀が静かに放った反撃だ。

インフレで借金軽減効果

 人民元を人為的に切り下げていると中国を非難するアメリカと中国との争いは、世界を覆う貿易戦争の一番目に付く戦いの1つにすぎない。ユーロやポンド、米ドル、ブラジルのレアル、スイス・フラン、そして円も、皆同罪と見なされている。

 夏に大阪を訪ねた日銀の白川方明総裁は、日本の大手電子機器メーカーの経営者たちから円高が経営を圧迫していると圧力をかけられた。日本の景気回復も遅れており、前倒しQEの狙いは円安だろう。
ユーロ圏では、通貨価値は微妙な話題だ。ECBが財政危機の南欧諸国の国債を無制限に買い取ると請け合ったことなどから、市場には信頼が戻った。

 だが、強気に転じた投資家はドルを売ってユーロを買い、ユーロ高を招いてしまった。南欧諸国が苦境から脱するには、ユーロ安で輸出をするのが唯一の道にもかかわらず。これ以上ユーロ高が進めば、ドイツなど中核の経済も不振に陥るだろう。

 いずれも高水準の政府債務に苦しむ欧米などの中央銀行は、QEのインフレによる借金軽減効果のことも考えたに違いない。日本やアメリカに投資している外国人投資家は、通貨安とインフレで自分たちの保有する債券の価値が目減りしていると怒っている。大量の米国債を保有している中国が典型だ。

 他の国々が撃ち合いを演じるなか、日銀も対抗せざるを得なかったのだろう。昨今はQEに意見を持たない人を見つけるほうが難しい。だが、われわれがその結末を知るのはまだまだ先のことになるだろう。


From the-diplomat.com

[2012年10月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB追加利下げは慎重に、金利「中立水準」に近づく

ビジネス

モルガンS、米株に強気予想 26年末のS&P500

ワールド

ウクライナ、仏戦闘機「ラファール」100機取得へ 

ビジネス

アマゾン、3年ぶり米ドル建て社債発行 120億ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 8
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 9
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 10
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中