最新記事

エネルギー

美人大統領、外資系石油会社を「接収」へ

原油不足を背景にスペイン系石油会社の経営権奪取に動くアルゼンチンは、国家介入ブームの不気味な最新例

2012年4月19日(木)17時22分
アレックス・レフ

外交問題化 フェルナンデス大統領の暴挙にスペインは猛反発 Marcos Brindicci-Reuters

 アルゼンチン最大の石油会社YPFは当初、中国企業が買収することになっていた。それでも十分驚きだが、アルゼンチン政府はもっと度肝を抜く行動に出た。

 フェルナンデス大統領が、スペインのレプソルYPFの子会社であるYPFの経営権を「接収」すると発表したのだ。

 アルゼンチン議会は、政府がYPF株式の51%を取得することを認める法案の審議に入った。フェルナンデスが所属する与党ペロン党は議会の過半数を維持しているので、法案は可決される見通しだ。

 当然、スペインは激怒し、外交問題に発展している。スペイン政府は駐マドリードのアルゼンチン大使を召喚。ラホイ首相は訪問先のメキシコで「深い憂慮」を表明した。イニーゴ・メンデスEU担当大臣は、アルゼンチンが「国際社会のならず者」になりつつある、と非難した。

 ヨーロッパ各国は今のところスペインの味方だ。欧州委員会のバローゾ委員長は、ヨーロッパ各国がアルゼンチン政府に対して「国際的な責任と義務を遵守するよう」期待している、と語った。

世界に広がるエネルギー国営化の輪?

 レプソルのアントニオ・ブルファオ会長は、アルゼンチン政府との戦いを宣言。必要なら訴訟も辞さない構えで、105億ドルの損害賠償を求めている。まるで傷口に塩をすり込むように、レプソルYPFの株価は急落している。

 だが、アルゼンチン国内のYPF国有化気運は高まる一方(厳密には「再」国有化だ)。93年に民営化されたYPFをスペインのレプソルが買収したのは99年のこと。この買収でレプソルは、世界で8番目の大きさの石油会社になった。

 フェルナンデス政権はエネルギー不足をYPFのせいにしている。増産のための投資を渋っているというのだ。原油不足を補うために財政支出も膨らんでいる。コンサルティング会社ユーラシア・グループの予測によれば、アルゼンチンの昨年のエネルギー輸入は前年比113%増加し、今年のエネルギー分野への補助金はGDPの4%を超える(YPF側はエネルギー不足の原因は政府の介入政策だと反論している)。

 問題を民間企業のせいにするのその主張は、ベネズエラの左派政権を率いるチャベス大統領にそっくりだ。「フェルナンデスはチャベス・モデルに近づいている」と、ニューヨークの投資銀行アナリスト、ボリス・セグラはクリスチャン・サイエンス・モニター紙の取材に語っている。

 フィナンシャル・タイムズ紙のブログが指摘しているように、こうした国家介入は最近増加傾向にある。エクアドルやモンゴルがそのケースに当たる。このブログはフェルナンデスのこんな言葉を引用する。


 アラブ首長国連邦は石油・ガス産業を100%管理している。中国、イラン、ベネズエラ、ウルグアイ、チリ、エクアドル、メキシコ、マレーシア、エジプトもだ。コロンビアは株式の90%を、ロシアはガスプロムの50%を(政府が)保有している。今回の対応はアルゼンチン政府がある日突然思いついたものではない。


 仲間が多ければ安心だということだろうか。

 政府のYPF買収がアルゼンチンのエネルギー問題を悪化させる可能性もあると、ユーラシア・グループのアナリスト、ダニエル・カーナーは言う。国有化して石油開発投資を増やしても、解決策にはなりそうにない。埋蔵量も生産量もこの10年間減り続けているからだ。

 カーナーは、今回の法案が1カ月以内に発効すると見ている。しかし訴訟になれば発効は延期されるかもしれない。アルゼンチンにプライドを踏みにじられたスペインは、そう簡単には引き下がらないだろう。  

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国大統領「最後まで闘う」、野党は弾劾案再提出 与

ビジネス

ドイツ成長率、来年は0.4─1.1%、IFOが2つ

ワールド

ロ大統領報道官「必ず反撃」、ウクライナの長距離ミサ

ビジネス

来年の石油市場、十分な供給確保 需要予測は上方修正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:韓国 戒厳令の夜
特集:韓国 戒厳令の夜
2024年12月17日号(12/10発売)

世界を驚かせた「暮令朝改」クーデター。尹錫悦大統領は何を間違えたのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 3
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 5
    ノーベル文学賞受賞ハン・ガン「死者が生きている人を…
  • 6
    韓国大統領の暴走を止めたのは、「エリート」たちの…
  • 7
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    「糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすい」は嘘…
  • 10
    統合失調症の姉と、姉を自宅に閉じ込めた両親の20年…
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 4
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 5
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田…
  • 6
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 7
    国防に尽くした先に...「54歳で定年、退職後も正規社…
  • 8
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 9
    朝晩にロシア国歌を斉唱、残りの時間は「拷問」だっ…
  • 10
    人が滞在するのは3時間が限界...危険すぎる「放射能…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中