最新記事

国際政治

世銀総裁人事を牛耳るアメリカのエゴ

オバマが指名するキムは公衆衛生の経験は豊富だが、開発支援が主の世界銀行にはもっと適任がいる

2012年4月5日(木)16時53分
トマス・ムチャ

総裁候補 オバマが韓国系アメリカ人のキムを指名した背景には新興国からの支持も得たいという意図があったようだ Jason Reed-Reuters

 経済界には、こんな鉄の掟がある。ノーベル経済学賞を受賞した専門家の経済政策に関する発言は、重みをもって受け取られなければならない。

 というわけで、ノーベル経済学者のコロンビア大学教授ジョセフ・スティグリッツがニュースサイト「スレート」に投稿した記事を見てみよう。世界銀行の次期総裁には誰が適任かをめぐる馬鹿げた議論の嘘を専門家として喝破し、アメリカの傲慢さを糾弾している。

 まず議論の背景を説明しよう。オバマ大統領は、ダートマス大学総長のジム・ヨン・キムを総裁候補に指名した。悪くない選択だ。キムにはWHO(世界保健機関)のエイズ・結核対策担当部長を務めた国際的な経験もある。

 しかし欧米先進国以外の国々の政治的・経済的影響力が増していることを反映し、新興国や途上国出身の世界銀行の11人の専務理事は、オバマとキムに対抗して2人の別の候補を推薦している。ナイジェリアのオコンジョ・イウェアラ財務相とコロンビアのアントニア・オカンポ元財務相の2人だ。

 これに関し、スティグリッツはこう述べている。


 私はこの2人と一緒に仕事をしてきた。共に一級の人材で、財務相として様々な職務をこなしてきた。国際機関の管理職としても素晴らしい成果を上げ、外交的な素養と職務上の有能さを兼ね備えている。世界銀行の本業である財政と経済について理解し、世界銀行の影響力を高める人的ネットワークを持っている。


 スティグリッツは、この2人の方がキムより次期総裁にふさわしいと主張しているのだ。

 だが問題は、もちろん政治。アメリカとヨーロッパが世界銀行の票の大部分を握っていて、両者は手を組んでいる。アメリカは長年、世界銀行総裁の指名権を維持し、今回のキムのようにアメリカ人を総裁ポストに据えてきた。一方ヨーロッパは、IMF総裁の指名権を持ち、大抵はヨーロッパから人材を選んできた(現専務理事のラガルドもそうだ)。

 インドやロシア、ブラジル、中国といった主要な新興国はもちろん、ナイジェリアやコロンビアといった国々も、この慣例からは排除されている。

 さらにスティグリッツが指摘するように、今年の米大統領選が総裁人事をめぐる議論をさらに政治的なものにしている。要するに、「男気溢れるアメリカの大統領が、この重要な国際機関の総裁を(まさか!)外国人に譲るつもりなのか?」ということになる。

 これに対してスティグリッツは、こんな風に答えている。


 (世界銀行の)懸案事項は多い。発展途上国では20億人近い人々が貧困状態にある。世界銀行だけでこの問題は解決できないが、主導的な役割は担っている。名前は世界銀行だが、この機関の主たるな活動は世界の開発だ。

 キムの専門である公衆衛生部門は重要で、世界銀行もこの分野の革新を支援してきた。しかし公衆衛生は世界銀行の「職務」の小さな一部でしかない。通常この分野では、世界銀行の開発経済の専門家が、医療の専門家と共に業務を進めている。


 私自身はノーベル賞を取っていないので、この話はスティグリッツに締めてもらおう。説得力のある主張だ。


 もしアメリカが世界銀行総裁のポストを牛耳ることにこだわり続けるなら、苦しむのは世界銀行自身だ。世界銀行が西側政府と金融・産業部門の代理人と見なされているおかげで、世界銀行は影響力を発揮できずにきた。

 皮肉なことだが、アメリカが言葉だけでなく行動を伴って世界銀行の成果主義システムと優れた組織統治の確立に尽力することこそ、アメリカにとって長期的な利益となるだろう。


GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

認証不正は現場依存で発生、環境作りで経営責任果たす

ワールド

帰国のカタルーニャ元州首相、ベルギーへ出国 逮捕逃

ワールド

焦点:ハリス氏登場で慌てるトランプ氏陣営、戦略練り

ビジネス

中国当局、一部証券会社に債券取引の法令順守調査を指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界に挑戦する日本エンタメ2024
特集:世界に挑戦する日本エンタメ2024
2024年8月13日/2024年8月20日号(8/ 6発売)

新しい扉を自分たちで開ける日本人アーティストたち

※今号には表紙が異なり、インタビュー英訳が掲載される特別編集版もあります。紙版:定価570円(本体518円)デジタル版:価格420円(本体381円)

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    バフェットは暴落前に大量の株を売り、市場を恐怖に陥れていた
  • 2
    「ガラパゴス音楽」とは呼ばせない ...日本人アーティストに全米が夢中──BAND-MAID/新しい学校のリーダーズ/YOASOBI/藤井風/XG
  • 3
    「未完の代名詞」サグラダ・ファミリアが工事開始から140年以上を経て完成へ
  • 4
    「フル装備」「攻撃準備の整った」燃料気化爆弾発射…
  • 5
    被弾したロシア戦闘機から緊急射出...操縦士が「落下…
  • 6
    ウクライナ地上軍がロシアに初の大規模侵攻、ロシア…
  • 7
    朝起きたら愛車が「数千匹の虫」に覆われていた...閲…
  • 8
    「メダルを外せ」「あなたのじゃない」体操女王を支…
  • 9
    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…
  • 10
    ドローン「連続攻撃」で、ロシア戦闘車が次々に爆発…
  • 1
    バフェットは暴落前に大量の株を売り、市場を恐怖に陥れていた
  • 2
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃に第一子誕生...皇太子が抱っこする姿が話題に
  • 3
    「フル装備」「攻撃準備の整った」燃料気化爆弾発射装置を爆破する劇的瞬間...FPVドローン映像をウクライナが公開
  • 4
    ドローン「連続攻撃」で、ロシア戦闘車が次々に爆発…
  • 5
    エジプト北部で数十基の古代墓と金箔工芸品を発見
  • 6
    「ゾッとした」「未確認生物?」山の中で撮影された…
  • 7
    メーガン妃との「最も難しかったこと」...キャサリン…
  • 8
    ウクライナのF-16が搭載する最先端ミサイル「AIM-9X…
  • 9
    化学燃料タンクローリーに食用油を入れられても、抗…
  • 10
    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…
  • 1
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 2
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 3
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい」と話題に
  • 4
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 5
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 6
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
  • 7
    バフェットは暴落前に大量の株を売り、市場を恐怖に…
  • 8
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃に第一子誕生...皇太子が抱…
  • 9
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 10
    「フル装備」「攻撃準備の整った」燃料気化爆弾発射…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中