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テクノロジージョブズは発明ではなく盗作の天才だった
アップル帝国を築いたカリスマ指導者の真の才能と独裁者としての裏の顔を振り返る
表の顔 iPad2の発表会に姿を現したジョブズ。療養中からのサプライズ登壇だった(今年3月) Beck Diefenbach-Reuters
アップルのスティーブ・ジョブズCEOの退任は、驚くにはあたらない。04年以降、ジョブズが深刻な健康問題を抱えていたのは周知の事実だし、今年1月からは療養休暇に入っていた。
それでも、多くのアップルユーザーは自分たちのiPadやiPhoneのスクリーンに映し出されたジョブズからの手紙を見て、少なからずショックを受けたはずだ。
「私は、アップルのCEOとしての責務を果たせず期待に応えることができなくなった日には、そのことを自分の口から皆さんに伝えると言ってきた」と、ジョブズは24日に発表した声明に記した。「残念ながら、その日が訪れてしまった」
ジョブズの退任がアップルにとって大きな節目になるのは間違いない。彼のカリスマ的な指導力のもと、アップルは音楽や本、ゲームやテレビなどの楽しみ方を変え、ユーザーとデジタル世界を結んだ。
それだけではない。おなじみの黒のタートルネックとジーンズで新製品をプレゼンテーションするCEOは、最高の「宣伝マン」でもあった。ジョブズによる新製品発表会はいつも、カルト的な熱気とエンターテイメント的なショーマンシップが絶妙に融合していた。そして世界はそれに夢中になったのだ。
シンガポールに似た帝国
退任の発表を受け、ネット上ではジョブズに対する評価や今後のアップルについてさまざまな憶測が飛び交っている。
雑誌ニューヨーカーのニコラス・トンプソンはジョブズの二面性についてうまくまとめている。
テクノロジー専門のジャーナリストとして、私はジョブズの態度にひどく苛立つことがよくあった。彼は支配欲が強く人を操るのがうまい。彼はメディアを嫌い、私たちの頭を押さえつけてきた(アップルを批判し過ぎると、取材させてもらえなくなる)。
ジョブズの考えはいつもこうだった。「すべてを一番よく知っているのはこの私だ。だから、ユーザーが買う製品については、私がすべてをコントロールして当然だ」。つまり、オープンソフトウエアを理想とするエンジニアたちとは正反対の信念の持ち主だった。
とはいえ、この男が天才であることに疑いの余地はない。ジョブズはアップルを創業し、一度は追放されたものの、97年にアップルを立て直すために復帰。iPadとiPhoneを世に送り出した。私は以前からアップルはシンガポールという国に似ていると思っていた。閉鎖的で規制が張り巡らされていて独裁的。うまく機能している間はいいが、そうでなくなったときには謀反が起きるだろう。
トンプソンはまた、新CEOに就任したティム・クックがジョブズの穴を埋められるかについて懐疑的だ。
彼は優秀だし、彼の周りにいる人間も優秀だ。だがカルト的なパワーをもったジョブズにはかなわないだろう。今後のアップルの戦いは、多くがコンテンツに関するものになるだろう。自社の端末に、どんな音楽や映像やゲームをいかなる形で提供できるか? その権利を巡る争いだ。
その点、ジョブズはクックが持ち得ない力を持っていた。それはジョブズがジョブズであるがゆえに持ち得たパワーだ。彼は会いたい人がいれば誰でも呼びつけることができた。ジャーナリストに思い通りの記事を書かせることもできた。もしジョブズに脅されたら、おもねるより道はなかった。
アトランティック誌のデレク・トンプソンは、ジョブズは他人のアイデアを横取りして自分のものにする才能があったと指摘する。トンプソンに言わせれは、「ジョブズは現代のトーマス・エジソン」だ。
ジョブズがキャリアの大半でやってきたことは、アイデアを商品化し世界市場で売ること。スティーブ・ジョブズは「現代のエジソン」と呼ばれてきた。この見方、あながち間違いではないだろう。(他人のアイデアを盗用したエジソンと同じく)ジョブスの類まれなる才能とは、独自に発明したものではなく、既存のアイデアを応用して一般大衆に受ける製品を作ることだ。
──パソコンに必要なさまざまな技術やパーツを最初に開発したのはアップルではない。ゼロックスPARC社だ。だがアップルはそうした技術やパーツを組み立て、スタイリッシュなデザインに仕上げ、一般ユーザーでも使いこなせる手頃な価格のパソコンを作った。
──MP3プレーヤーを開発したのはアップルではなく、オーディオ・ハイウェイ社だ。だが圧倒的な市場シェアを誇るのは、これまでに3億台以上を売ったiPodだ。
アップルから得た教訓とは、「最初の開発者である必要はない」ということだと、トンプソンは論じる。「(最初であることより)最高でいることのほうが良い。ジョブズの天才的な才能とは、ずる賢い彫刻家であることだ。誰かに最初の一彫りを入れさせ、輪郭が出来てきたところで最後の一仕上げを完璧にこなす彫刻家だ」