最新記事

死刑

薬殺剤は「メード・イン・アメリカ」に限る

死刑そのものには反対しないが、殺し方や薬の品質にこだわるアメリカ式「人道主義」はまるでブラックジョーク

2010年10月28日(木)18時49分
デービッド・ロスコフ(カーネギー国際平和財団客員研究員)

斜陽 自動車の次は死刑産業?(米最高裁判所の前で死刑反対のデモをする人々) Jason Reed-Reuters

 この数十年間、アメリカの「ナンバーワン」の座は常に容赦ない攻撃にさらされてきた。第2次大戦直後から世界の通商の半分以上を担ってきたアメリカは、自らの失態と新興国の台頭によって打ちのめされ、プライドをずたずたに打ち砕かれた。

 国内の生産拠点は閉鎖され、雇用を外国に奪われた。自動車業界や航空機産業、通信、コンピュータ、鉄鋼をはじめ多くの業界でアメリカの優位が脅かされ、実際にトップの座を追われた例も多い。

 それでも、アメリカの優位が揺らがないように思えた分野もあった。NASCAR(全米ストックカー・レース協会)のカーレース、カントリー音楽やウェスタン音楽、さらに国民の肥満度にかけては、アメリカの右に出る国はない。

 もう一つ、薬殺刑に使われる薬剤の取引でも、アメリカは世界をリードしてきた。ところが最近、アメリカはこの死刑産業でも、競合国にトップの座を奪われようとしている。

効きの悪い二流品が死刑囚を苦しめる

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが発表した昨年の死刑執行件数ランキングで、アメリカは中国、イラン、イラク、サウジアラビアに次ぐ5位に留まっただけではない。死刑に使う国産薬剤の不足が大きな問題になっているという。「メイド・イン・アメリカ」の品質に今でもこだわるアメリカ人や死刑判決に関わる裁判官にしてみれば、アメリカ育ちの殺人犯や強姦犯を死刑に処すために、外国製の質の悪い薬剤を輸入せざるをえない、という最悪の事態が起きているわけだ。

 アリゾナ州当局は10月26日、薬殺刑で麻酔薬として使われるチオペンタールナトリウムをイギリスから輸入している事実を認めた。州民の不安を抑えるために、最高品質のものに限定していると急いで付け加えたことは言うまでもない。「信頼できる製造元から購入している。第3世界の国の製品だというような突飛な噂が飛び交っているが、事実ではない」と、同州のティム・ネルソン司法副長官は言う。

 やれやれ、一安心。一般のアメリカ人が第3世界の効き目の悪い薬剤の世話になることはまずないが、死刑制度を維持している35州の死刑囚たちは別だ。外国製の麻酔薬の効きが悪くて完全に意識を失うことができないと、激しい息苦しさに襲われる心配がある。

 そうしたケースを懸念して、アリゾナ州ではすでに1件の死刑執行が停止された。ケンタッキー州も、薬剤の在庫の使用期限が10月初めに切れたため、死刑執行礼状への署名を見合わせている。

薬剤論争は新たな保護主義の兆し?

 もっとも、このニュースには明るい側面もある。アメリカの死刑執行人や法律家が、アメリカ製品の質の高さをいまだに信じているという点だ。死刑囚に二流品を与えるなんてとんでもない!死刑で先端をいく国々では銃殺や石打ち刑、絞首刑が主流だが、アメリカではそんな非人間的な方法が許されないのと同じことだ(うるわしい人道主義、それとも保護主義の台頭だろうか? 考えてみれば、イラクで絞首刑を行うとき、ロープが国産がどうかの議論などになるだろうか)

 もう1つ、明るいニュースがある。薬殺刑で使用される3種類の薬剤の一つを製造しているホスピラ社(イリノイ州)は、原材料調達の目処がつき次第、製造を再開するとしている。これで同社の雇用は守られる。ああ、よかった。(ただし、原材料が供給されるのは年明け以降になりそう)。
 
 それに、チオペンタールナトリウムの代替品を同じ英語圏の「一流国」イギリスから輸入している点も、なんて安心なことだろう。もっとも、世界には死刑という野蛮な行為を認めていない国が100近くあり、イギリスも4年後に死刑廃止50周年を迎えるのだが。

Reprinted with permission from David J. Rothkopf's blog, 28/10/2010.© 2010 by The Washington Post Company.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中