最新記事

通貨

市場介入より効果的(?)な為替操作はこれだ

円高介入の継続を示唆する日本政府。だがもっと斬新でしたたかな通貨政策を教えてあげよう

2010年9月17日(金)17時18分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授)

サプライズ 9月15日、日本政府が6年半ぶりの為替介入に踏み切り円安が進む Kim Kyung-Hoon-Reuters

 今週、日本が急速な円高に歯止めをかけるため単独で為替市場に介入したことに対し、アメリカやヨーロッパからは怒りの声が上がっている。日本の菅直人首相はこうした批判に対し、今後も必要であれば「断固たる措置」をとる構えを見せた。

 日本の為替介入は、アメリカが人民元の切り上げをぐずぐずと小出しにする中国政府の「牛歩」政策に苛立っているところに実施された。

 では、今回の介入は近隣窮乏化政策の始まりなのだろうか。ほかの国々も、自国の輸出産業を守るため為替市場に介入し始めるのだろうか。

 ニューヨーク・タイムズ紙の田淵広子記者は、そうは考えていないようだ。もはや日本が単独で自国通貨の切り下げを行えるような時代ではないから、というのがその理由だ。


 日本の単独介入が長期にわたって通貨市場に影響を与え続けることはないだろう。近年、世界の為替取引の規模は急激に拡大しているため、単独政府による介入に大きな市場の潮流を逆転させる力はない。

 他国も日本を手助けすることはないだろう。彼らは彼らで自国通貨を安く保つことで、輸出を促進したいと考えているからだ。自国通貨が安ければ輸出産業の競争力は高まり、同時に国外での収益の価値も上昇する。

 現在の円安への流れの大部分は、日本政府が今後も円高をけん制する姿勢を堅持すると予想した投資家による円売りがもたらしたものだ。

 とはいえ、スイスが今年経験したように単独政府による自国通貨安誘導は失敗に終わる可能性もある。スイスは大規模介入に踏み切ったが、自国の中央銀行が今年上半期だけで外貨準備高のうち140億スイスフラン(140億ドル)を超える損失を出すと、目標を断念した。急激なユーロ安が中央銀行の準備高を食いつぶしたのが原因だった。

 さらにスイスフランは投資家から比較的安全な避難先と見られ、世界的な金融不安の中で通貨の価値はさらに高まっていった。今月、スイスフランは対ユーロで市場最高値を記録した。


通貨安のために信頼を捨てる?

 この指摘は微妙だ。日本経済はスイスよりはるかに規模が大きいため、この比較の妥当性には疑問が残る。むしろ本当に問題なのは、「安全な避難先」と見られる国の通貨が過大評価されてしまうことだ。

 この点についてもう1つ言えば、私たちは今、新しいかたちの近隣窮乏化政策を見ているのかもしれない。ちょっとおかしな話に聞こえるかもしれないが、こういうことだ。露骨な為替介入ではなく、銀行の自己資本比率を規制するバーゼル㈽のような金融の健全性を守る基準に対して、政府がいい加減な態度を取ってみたらどうなるか。

 確かに変な話だ。自国が「安全な避難先」だと思われないようにするため、国内銀行の破綻のリスクに目をつむるよう政府に勧めているも同然なのだから。だがギリシャ危機でユーロの価値が下落したことで、ヨーロッパ諸国がどれだけ得をしたかを考えてみればいい。
 
 バーゼル㈽については、銀行が必要な自己資本比率の基準を達成するまでに長期の猶予期間が与えられたので、債務超過の金融機関を抱えるドイツなどの国々は基準達成までに時間の余裕ができた。これでドイツは反インフレ政策を中断することなくユーロ安を維持できるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ファンドマネジャー、記録的なペースで米国株売却=B

ワールド

為替は加藤財務相がベッセント財務長官と協議=赤沢再

ワールド

シンガポール議会解散、5月3日に総選挙

ワールド

米副大統領、対英通商合意「可能性十分」 ゼレンスキ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトランプ関税ではなく、習近平の「失策」
  • 3
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができているのは「米国でなく中国」である理由
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 6
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 7
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 8
    シャーロット王女と「親友」の絶妙な距離感が話題に.…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 4
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 7
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 8
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 9
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 10
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中