最新記事

アメリカ経済

さらに大き過ぎて潰せなくなる銀行

金融規制改革法が成立に大きく近付いたが、新規制はゆるくて危機の「戦犯」を喜ばすだけ

2010年6月28日(月)17時22分
マイケル・ハーシュ(ビジネス担当)

黄色は進め? 6月25日に上下両院が合意した金融規制改革法案では危機の再発を防げない Lucas Jackson-Reuters

 6月25日の早朝、アメリカの上下両院は金融規制改革法案の一本化で合意した。バラク・オバマ大統領はこの日、同法案を「大恐慌以来最も厳しい金融改革」と称賛した。

 確かにこの法案には、07〜09年の金融危機を招いた問題点を改めるために、さまざまな措置が盛り込まれている。デリバティブ(金融派生商品)取引の透明化、銀行およびクレジットカード会社、住宅ローン会社に対する強力な監視機関の創設、経営難の金融機関を政府が清算するための新しい手段の導入などは、効果がありそうだ。

 しかしある面で、今回の法案は、大恐慌直後の1933年に制定されたグラス・スティーガル法に及ばない。銀行と証券の分離などを定めたグラス・スティーガル法は、金融システムの構造と金融機関の形態を大きく様変わりさせた。一方、クリス・ドッド上院議員とバーニー・フランク下院議員がまとめた今回の金融規制改革法案は、実質的に既存の大手金融機関を守るものだ。

ウォール街は変わらない

 法案の目玉の1つは、金融機関が自己勘定取引で損失を負うリスクを限定するために、スワップ取引部門を(資本関係のない)別会社に分離するよう義務付けていること。しかし、金利や為替のスワップ取引を行う部門は金融機関本体に残すことを認めた。これで、デリバティブ取引の8〜9割が社内に残る。この市場の95%以上を占めるのは、JPモルガン、ゴールドマン・サックス、シティグループ、バンクオブアメリカ・メリルリンチ、モルガン・スタンレーの大手5社だ。

 法案では、デリバティブの取引を相対取引ではなく、透明性確保のために清算機関を通じて行うことも義務付けている。問題は、清算機関の独立性だ。スティーブン・リンチ下院議員は、金融機関各社が清算機関の株式の合計20%以上を保有することを禁じる規定を法案に盛り込もうとしたが、この規制案は最終法案から削除されたと、同議員の広報担当のメーガン・マーは言う。「数値的な制限は定められなかった。すべて、規制当局の判断に委ねられることになる」

 今回の法案では、このほかにも金融機関の幹部・職員に対する報酬支払い方法などをどう規制するかも当局の判断に委ねている。

「ひとことで言えば、金融機関の仕組みが根底から変わることはない」と、法案作成を間近で見守ってきたある元財務省当局者は匿名を条件に語る。「皮肉なことに、(金融危機で最も多額の税金を費やした)最大手の金融機関ほど大きな恩恵を受け、金融危機を防げなかった規制当局が権限と裁量を拡大する」

まるで政府が6金融機関を設立

「『大き過ぎて潰せない』金融機関はなくなる」と、オバマは胸を張った。しかしこの元財務省当局者に言わせれば、今回の金融規制改革法案により、大手金融機関はますます経済の命運を左右する「大きな」存在になり、「潰せなく」なるという。

 規制強化によりデリバティブ取引などへの新規参入のハードルを高める一方で、大手金融機関が従来の事業の大半を手元に置き続けることを認めれば、どうなるか。「金融危機に最も深く関わった」JPモルガン、ゴールドマン・サックス、バンクオブアメリカ・メリルリンチ、モルガン・スタンレー、シティグループの5社、そして新たにウェルズ・ファーゴを加えた6つの巨大金融機関の地位をいっそう強固にしてしまうと、この元財務省当局者は言う。

「私が思うに、今回の法案は新たな政府設立の金融機関を6つつくり出したに等しい」。大手金融機関が連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)のような存在と見なされるようになる、というのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

グリーンランドに「フリーダムシティ」構想、米ハイテ

ワールド

焦点:「化粧品と性玩具」の小包が連続爆発、欧州襲う

ワールド

米とウクライナ、鉱物資源アクセス巡り協議 打開困難

ビジネス

米国株式市場=反発、ダウ619ドル高 波乱続くとの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税大戦争
特集:トランプ関税大戦争
2025年4月15日号(4/ 8発売)

同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    凍える夜、ひとりで女性の家に現れた犬...見えた「助けを求める目」とその結末
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    米ステルス戦闘機とロシア軍用機2機が「超近接飛行」…
  • 7
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 8
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 9
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 10
    関税ショックは株だけじゃない、米国債の信用崩壊も…
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    凍える夜、ひとりで女性の家に現れた犬...見えた「助…
  • 9
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 10
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 3
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中