最新記事

中東経済

ドバイ、金ピカ国家の宴が終わるとき

不動産市場の崩壊に大量解雇──中東の優等生を襲う金融危機の余波

2009年11月30日(月)12時13分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

時代の終わり ドバイの人工島にオープンしたリゾート施設「アトランティス」。オープニングセレモニーには2000万ドルがつぎ込まれた(08年11月) Jumanah El-Heloueh—Reuters

本誌が「ドバイがやばい」と題した特集で発展の光と影をリポートしたのは07年12月。その後1年の間に世界経済危機の激震にのみこまれ、「光」の部分にまで暗い影が差しはじめている。いま「ドバイが本当にやばい」らしい。

 アメリカの歴史学者バーバラ・タックマンは、第一次大戦にいたる過程を克明に描いた著作『八月の砲声』の中で、大戦前の時代の終わりを英国王エドワード7世の葬儀と重ね合わせた。

 9人の国家元首が騎馬で参加した壮観な葬列は人々に「賛嘆のため息」をつかせたと、タックマンは書いている。しかし国王の葬儀が終わった後、あるイギリス貴族はこうもらした。「私たちの人生の航路を指し示していた古い浮標(ブイ)がすべてどこかに押し流されてしまったような気分だ」

 昨年11月のある日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで繰り広げられた一大絵巻はこれとはまったく趣旨が異なるものだが、タックマンが存命であればきっと目にとめただろう。

 そのお祭り騒ぎにつぎ込まれた予算は、2000万ドル。シャーリーズ・セロンやリンジー・ローハン、マイケル・ジョーダン、ロバート・デ・ニーロといったセレブも駆けつけた。打ち上げ花火はあまりに規模が大きく、天国から見下ろしでもしないかぎり全体が見えないほどだった(実際、宇宙空間からも花火は見えた)。

 このイベントは、15億ドルの資金を投じて人工島に建設された高級リゾート「アトランティス」のオープンを祝うもの。ドバイが夢の実現する究極の理想郷であることを世界に知らしめる絶好の舞台だと、主催者側は意気込んでいた。

 だが、葬式のような気分でいる出席者も多かった。ドバイの夜空で花火が破裂していたころ、世界経済は違う意味で破裂し続けていた。世界的な信用収縮の波は、この中東の金持ち国にも押し寄せ、誰もがうろたえていた。まさしく「浮標がすべてどこかに押し流されてしまった」かのように、人々は感じていた。

「悲劇はまだ始まったばかり」だと、ドバイ屈指の不動産開発会社のある幹部はシャンパングラスをじっと見ながら言った。「これからまだ多くの人が傷つき、多くの夢が砕け散ることになる」

 打撃を受けるのは、金持ちや投機家だけではない。好景気を謳歌するドバイの開発ブームを支えるために「輸入」されていた外国人労働者は職がなくなり、すでに祖国へ送り返されはじめている。

原油急落で状況が一変

 建築現場には、工事が途中でストップした高層ビルが放置されている。ペルシャ湾にずらりと並んで停泊している船を見たかと、前出の不動産開発会社幹部が言った。「買い手がつかない鉄鋼とコンクリートをどっさり積んで、身動きが取れずにいる」

 ドバイの運命はグローバル経済の運命、とまで言うのは大げさすぎるかもしれないが、両者は切っても切り離せない関係にある。UAEの七つの首長国の一つであるこの都市国家は、ビジネスのグローバル化の潮流を世界のどこよりも象徴している。ドバイほど、世界中の投機マネーを引き寄せた都市はほかにほとんどないだろう。

 投機マネーの多くはアラブの産油国、とりわけドバイと同じくUAEの構成国であるアブダビからやって来る(UAEの石油資源の大半を握るのはアブダビだ)。そのほかにも、イラン、インド、中国、ロシア、ヨーロッパ、アメリカなど、世界のいたるところから莫大なカネが流れ込んできた。

 少なくともこの10年、ドバイは国を挙げて不動産投機に明け暮れていた。昨年に入ってもその傾向はしばらく続き、第1四半期でドバイの住宅(その多くはまだ建設中だった)の相場は43%もはね上がった。金融機関はいとも簡単に住宅融資を行い、投機家はローンの最初の支払期日が来る前に(早い場合は購入後数日で)不動産を転売して、巨額の利ざやを手にしていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中