最新記事

金融危機

アメリカを狂わせた馬鹿マネーの正体

リーマン・ショックの真因は最高の金融マンから庶民にまで広がった、損失は他人のせいにするマネーカルチャー。国を挙げて破局へと突っ走った“愚かな10年”を検証する

2009年9月17日(木)17時36分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

斜陽 資本主義の道を踏み外したウォール街 Brendan McDermid-Reuters

 2008年11月、金満ぶりと独特な髪形で有名なアメリカの不動産王ドナルド・トランプは、3億3400万ドルの債務を返済しなくてはならなかった。

 ドイツ銀行を中心とする融資団から6億4000万ドルを借り入れて、シカゴに92階建てのタワーマンション建設を進めていたが、景気悪化の影響で高級マンション市場が冷え込み、販売はふるわなかった。そこで、トランプは返済の繰り延べを裁判で主張した。

 その際に根拠としてあげたのが、不可抗力条項だった。洪水、スト、暴動、地盤陥没、隕石落下など、「借り手のコントロールが及ぶ合理的な範囲を逸脱した事態」が発生した場合に、不動産開発業者が竣工を遅らせることを認める条項がこの種の融資契約にはたいてい盛り込まれている。

 アメリカ経済に降りかかった事態はこうした自然災害に匹敵するというのが、トランプの言い分だった。「不況は借り手のコントロールの範囲外」だと、著書に『大富豪トランプのでっかく考えて、でっかく儲けろ』という強気な題名をつけたこともあるこの男は言った。

 同じころ、トランプとは対照的に、控えめで目立つことを嫌い、髪形も無難なロバート・ルービンは、自分の名声を守ろうと躍起になっていた。

 ルービンはアメリカの財務長官を務めた1990年代、FRB(連邦準備理事会)議長のアラン・グリーンスパン、財務次官のローレンス・サマーズとともに金融危機の芽を次々と摘み取り、「世界を救う委員会」と称賛された。財務長官退任後は金融大手シティグループの経営に参画し、巨額の報酬を受け取っていた。

 だが、今やシティは「世界を破産させる委員会」の不動のレギュラーメンバーだった。サブプライムローンなどの住宅ローンを担保とする証券や、その他の債務を裏づけとするさまざまな金融商品で負った損失は、総額で何百億ドルにも膨れ上がっていた。

 本誌の取材に対して述べた次の言葉が、この男の考え方をよく表している。シティとアメリカの金融システムは予想外の「パーフェクト・ストーム」に襲われたのだと、ルービンは言った。

損失を増幅させる金融の基本設計

 今日のアメリカ経済の骨組みをつくった設計者と言われて、誰もが真っ先に思い浮かべる人物は、アラン・グリーンスパンだろう。約20年にわたりFRB議長を務める間に2度の好景気を経験し、幸運を招く縁起物のような存在になっていた。

 エコノミストとしての長年の経歴を通じて唱え続けたのは、いわば三位一体の教義。低金利、金融市場の規制緩和、そして市場(と大勢の市場関係者)を危機から守る金融革新の3要素がそろえば、万事うまくいくというのが基本的な考え方だった。

 しかしFRB議長退任後の2008年10月、議会の公聴会に呼ばれたときは、市場の魔法に全幅の信頼をおいてきた自分の理論に対する疑念を口にした。「(理論に)一つ不具合があったことがわかった」と、グリーンスパンは言った。

 不具合だって? ご冗談を。

 徹底した低金利政策は、有価証券やデリバティブ(金融派生商品)に対する投機の乱痴気騒ぎを生み出した。そうした金融商品が私たちのリスク管理を助けるとグリーンスパンは約束したが、実際に出現したのは、金融システム全体を揺るがしかねない巨大なリスクだった。規制緩和により自由でオープンになった市場が暴走したせいで、政府が大がかりな介入に踏み切る事態を招いた。

 要するに、グリーンスパンが言っていたことは、ほぼことごとく間違っていた。というより、損失や失敗をいっそう増幅・拡散させたのは、金融システムの基本設計そのものだったのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT

ワールド

ウクライナ支援とロシアへの圧力継続、欧州首脳が共同

ワールド

ウクライナ大統領18日訪米へ、うまくいけばプーチン

ワールド

トランプ氏、ウクライナに合意促す 米ロ首脳会談は停
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中