最新記事

ウォール街

ゴールドマン一人勝ちの秘密兵器が流出

業界で圧倒的な強さを誇るトレーディング収益の源泉とされるプログラム「分散型リアルタイム高頻度取引プラットフォーム」が、元社員に盗まれていた

2009年7月8日(水)17時58分
バレット・シェリダン

闇討ち 巨額の利益を生んでいた自動取引プログラムの流出はゴールドマンに打撃となるか Lucas Jackson-Reuters

 金融業界の話をゾクゾクような面白い記事に仕立てるのは難しい。ところがここへきてジェームズ・ボンドやジェイソン・ボーンも顔負けのスリリングな事件が明るみに出た。

 7月3日、米ゴールドマン・サックスのセルゲイ・アレイニコフ前副社長がニューアーク国際空港(ニュージャージー州)で逮捕された。1カ月ほど前にゴールドマンを辞めたアレイニコフは、社交ダンスが得意なロシア人。本職はコンピューター・プログラマーで、ソーシャルネットワーキングサイトの「リンクドイン」のプロフィール欄には、ゴールドマンで「分散型リアルタイム高頻度取引プラットフォーム」の開発を指揮したとある。

 事情通によれば、このプラットフォームこそゴールドマンの秘密兵器。非常に高度なコンピューター取引システムで、市場データを元に100分の1秒の単位で株や債券を売買できるとされる。その仕組みはもちろん企業秘密だ。

 ニューヨーク証券取引所が公表している数字によれば、ゴールドマンはコンピュータートレーディングの分野で圧倒的な強さを誇るが、それにはこのプログラムが大きく貢献しているようだ。

 FBI(米連邦捜査局)が4日に連邦地裁に提出した訴状によると、アレイニコフは32MB(メガバイト)のプログラムを密かにドイツのサーバーにアップロードしたうえ、自宅のコンピュータに保存。本人は一連の作業の痕跡を消したつもりだったが、ゴールドマンのネットワークに彼のアクセス履歴が残っていた。

転職先に4億ドルの手土産か

 このニュースを最初に報じたのは、ロイターのマット・ゴールドスティーン記者。アレイニコフの逮捕から2日後の5日のことだ。

アレイニコフは、「自分が手掛けたオープンソースのファイル」だけコピーしようとしたが、誤って企業機密にかかわる部分も入手してしまったと、無実を主張している。仮にそうだとしても、もしゴールドマンが流出に気付いていなければ、数億ドルの価値があるプログラムを思うままに操ることができたわけだ。

 訴状によれば、ゴールドマンはこのプログラムの開発に「数百万ドル」を費やしたが、それにより毎年「巨額の利益」を得ていた(訴状ではアレイニコフの勤務先はニューヨークを拠点とする「金融機関」とされ、ゴールドマンの名は伏せられている。それでもアレイニコフの雇用歴を考えればゴールドマンであることは明白だ)。

 金融関係者に人気のブログ「ゼロヘッジ」がこのプログラムの価値についてオンライン投票を行ったところ、4億ドルを超えるとの見方が大勢を占めた。

 シカゴの会社に転職していたアレイニコフは、さらなる「陰謀」を計画していたのだろうか。ゴールドマン時代の年収は40万ドルだったが、転職先はその3倍の報酬を約束していたらしい。ヘッジファンドの元トレーダーらが創設したテザ・テクノロジーズという新しい会社で、「大規模コンピュータートレーディング」のシステム開発を行う予定だった。当然アレイニコフが貴重な「手土産」を持参して、新しいボスに取り入ろうとしたのではないかと疑いたくもなる。

 この事件では、今後も新しい事実が次々と明らかになりそうだ。しばらく目が離せそうにないが、新しいニュースが出るまでは以下のリンクで楽しんでみては?

アレイニコフと妻のダンスシーン

金融関係者に人気のブログ「ゼロヘッジ」。事件がゴールドマンに与える影響を考察している

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任

ビジネス

ANAHD、今期18%の営業減益予想 売上高は過去

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中