最新記事

巨額詐欺事件

ねずみ講マドフを肥やした「プロ」たち

ナスダック元会長のでたらめな投資話に群がった金持ち仲間と金融のプロが、投資ビジネスの信用を失墜させた

2009年6月30日(火)15時34分
バートン・ビッグズ(ヘッジファンド「トラクシス・パートナーズ」のマネジングパートナー)

「金融の魔術師」 損をしたことがないという話を皆がうのみにした(08年12月17日、保釈されたマドフ) Shannon Stapleton-Reuters

 ナスダック元会長のバーナード・マドフによるねずみ講詐欺は、投資ビジネスに不可欠な信頼を裏切った。業界の多くの大物たちも以前と同じではいられない。

 マドフ自身はヘッジファンドの経営者ではない(手数料で儲けていた仲介人にすぎない)。それでもこの詐欺事件は、多くのヘッジファンドやファンド・オブ・ファンズ(複数のヘッジファンドに投資するファンド),、そしてマドフに大物顧客を紹介していたプロたちにとって大打撃となるだろう。

 今後はさらに深刻な事態が起きるかもしれない。筆者は最近ジュネーブでプライベートバンクやヨーロッパのフィーダー・ファンド(他のファンドを通じて投資するファンド)、アメリカのファンド・オブ・ファンズが自社や顧客の資産運用のためにマドフを重用していたと聞いた。しかもマドフから内密に斡旋料を受け取っていたらしい。

 もしこれが本当なら、とんでもない利益相反になる。彼らは受託者として顧客から前もって手数料をもらっていたのだから。

 マドフが教養ある富豪らから巻き上げたカネは500億ドル。誰も帳簿を確認せず、マドフの投資戦略や資金について問いただす者もいなかった。

 この1人の男が赤字の四半期なしに株式市場で年に12~13%の利益を生むという話を、世界的なビジネスパーソンたちがうのみにした。投資の世界には古い格言がある。「話がうますぎるように思えたら、おそらくそのとおりである」

超高級ゴルフクラブの会員同士

 いつの時代もねずみ講に引っかかるのは世間知らずの一般人。だが今回だまされたのは分析に余念がないはずのファンド運用者や、マドフがつき合っていたとても裕福で聡明なユダヤ人たち。いわば「お友達」相手のねずみ講だった。

 今やアメリカ東海岸の富裕層の社交場であるパームビーチ(フロリダ州)では豪邸が次々と売りに出され、高級店で閑古鳥が鳴き、ゴルフクラブからの退会が相次いでいる。やはり富裕層の多いコネティカット州グリニッチでも同じような事態が起きている。

 マドフという男は史上最も頭が切れて愛嬌のある詐欺師だ。超高級なパームビーチ・カントリークラブで、会員仲間やそのゲストたちからカネを巻き上げながら、彼らと交際を続けていた。

 ゴルフ場でのマドフ夫妻は謙虚で気取らなかった。マドフは表立って押し売りすることは一度もなく、周囲に自分から頭を下げに来るようにさせていた。 

 ゴルフが目的ではなくマドフに会って受け入れてもらうためだけに、高額の入会金を支払ってクラブの会員になった者もいる。会員の多くは、安定した利益に目がくらんでマドフへの投資を増やしていたため、損失もそのぶん大きい。とはいえ周囲に流されて大損した、欲深い大金持ちのために涙を流す者などいない。

受託者責任を怠った罪は大きい

 だがファンド・オブ・ファンズや投資コンサルタントについては話が別だ。投資先であるヘッジファンドを探し出し、徹底的に査定するのが彼らの仕事である(普通は元本の1%の手数料と運用益の10%の報酬を受け取る)。彼らは受託者責任を完全に怠っていた。

 マドフに託した年金基金や大学基金は水の泡だ。コンサルタントたちは会計帳簿を確認していなかった。帳簿など存在しなかったからだ。マドフの投資戦略も理解していなかった。投資戦略などなかったからである。

 マドフは非常に複雑で巧妙な取引だと説明していた。そんなものが存在しないことは、投資業界の正気の人間なら誰でもわかる。もし存在しても、赤字の四半期が1期もなしにこの状態を数十年続けることは不可能だ。マドフとの取引を拒んだ多くの金融のプロ(筆者もその一人)は、こんなうまい話はないと理解していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三井住友FG、インド大手銀行に2400億円出資 約

ビジネス

米国は最大雇用に近い、経済と労働市場底堅い=クーグ

ビジネス

米関税がインフレと景気減速招く可能性、難しい決断=

ビジネス

中国製品への80%関税は「正しい」、市場開放すべき
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..最新技術で分かった「驚くべき姿」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 5
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 6
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 7
    中高年になったら2種類の趣味を持っておこう...経営…
  • 8
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 9
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 10
    韓国が「よく分からない国」になった理由...ダイナミ…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中