最新記事
アメリカ経済ウォルマートに見る不況脱出法
29歳の辣腕店長の下で売り上げ好調な安売りスーパーを密着取材
コロラド州デンバーの北に位置するウェストミンスター。この町にある小売りチェーン大手ウォルマートの店舗では朝9時20分、家電売り場の裏に40人近い従業員が集まる。
その中心にカリサ・スプレーグ店長が進み出る。従業員たちが「おはようございます、店長」と元気な声で挨拶。足を2回踏み鳴らし、手を2回たたき、「チームワークで行こう!」と叫ぶ。
スプレーグはクリスタルという名前の従業員の勤続10周年を祝い、みんなに激励の言葉を掛けた。その後、従業員たちは朝の体操を開始。屈伸運動を行い、手首を回す。不況で消費が冷え込んでいる今、そんなに張り切らなくてもよさそうなものだ。
だが彼らには準備運動が必要な理由がある。アメリカの小売業界が不況にあえぐなか、ウォルマートは絶好調なのだ。
スプレーグらウォルマートの店長は今、不況だからこそ得られる貴重な経験を積んでいる。スプレーグにとって、顧客が買い物かごに入れる商品をよく観察することは経済情勢を知ることと同じくらい重要だ。買い物かごを見れば、顧客の購買意欲を把握できるし、その節約志向を肌で感じられる。
ウォルマートの店長にとって不況の到来を感じ取ることは難しいことではない。不景気になると、支出を抑えようと考えた顧客が、1度買おうと思った商品をかごから取り出し、レジの近くに放置するケースが増える。
スプレーグは倹約志向を示す別のバロメーターも見つけた。買い物リストを手にした顧客の増加だ。
白い便座が売れる不思議
29歳のスプレーグはウェストミンスター店が06年にオープンしたときから店長を務めている。同店は規模が大きく、従業員数は425人に上る。
スプレーグは大学卒業後すぐにウォルマートの管理職養成プログラムを受け、店長補佐から仕事をスタート。ウェストミンスター店の業績は好調で、スプレーグは数カ月以内に十数店を管理するポストに就くだろうと彼女の上司はみている。
同店では顧客の節約志向に応えるため、オーブンで焼くだけの調理済みピザを8.98ドルで提供している。こうした調理済み食品の売り上げは急増中だ。「今まで外食がちだった人が(節約のために)調理済み食品を買って家で食べている」とスプレーグは言う。
消費者の倹約志向はその他の食品売り場でもうかがえる。ステーキ用牛肉の売り上げが落ちる一方、牛ひき肉の大容量パックがよく売れている。野菜を買い過ぎて腐らせるのがもったいないと考える顧客は冷凍野菜を買うようになった。
スプレーグは乳製品売り場で、ウォルマートのプライベートブランド(PB)のホイップクリームと他社製品を記者に並べて見せた。PBは2.27ドルだが他社製品は3.27ドルする。彼女によるとPB商品の売り上げは好調だ。ウォルマートは今年3月、PB商品のデザイン変更と拡充に多額の投資を行うと発表した。
顧客の節約術のなかには非合理的なものもある。多くの買い物客はレジでの支払いを減らそうと、来店頻度を増やして1回当たりの買い物量を減らしている。「彼らはその日に必要なものしか買わない」と、ウォルマートのドン・フリーソン上級副社長は言う。
彼らはレジでの支払いが少ないことに満足しているが、効率の悪い買い方だと商品テスト専門誌コンシューマー・リポーツのトッド・マークスは批判する。「時間とガソリンの無駄遣いだし、衝動買いの可能性も増える」
必需品以外の商品が売れていないというわけではない。地上波テレビ放送のデジタル化の動きが進むなか、テレビの売り上げは今も順調だ。大人向け衣料品の売り上げが急落する一方で、子供服は売れ続けている。家で余暇を楽しもうという人が安価な屋外用テーブルセットやバーベキューグリルを買っていく。
不況だからこそ、売り上げを伸ばす商品もある。例えば5ドルの白い便座だ。「不思議に思うだろうが、在庫を確保できないほど売れている」とスプレーグは言う。失業で家に閉じ籠もる人が増え、自宅のトイレを使う回数が増えたことが関係しているのだろうと、彼女は考えている。
スプレーグは店の入り口付近に「エマージェンC」というサプリメントの棚を設置している。冬には、風邪などで欠勤したくないという人たちがこぞってこのサプリメントを購入した。軽い病気なら病院に行かずにウォルマートで市販薬を買う人が増えている。
不景気の今、顧客はレジでの支払いに慎重だ。レジ係は1品目ごとに小計を表示するようにしている。そのため顧客は、予算を超えた時点で購入する商品を減らすことができる。消費者は「買い物リストで買う物を絞り、レジでさらに絞り込んでいる」とスプレーグは言う。
景気の回復を心配する理由
スプレーグら店長は米経済の統計データを横目でにらみながら、消費者の購買意欲の変化を現場で把握しようと努めている。フリーソン上級副社長は、大人向け衣料品や宝飾品の売り上げが好転すれば経済が上向いた証拠だと言う。
彼は売り上げ全体に占める食料品の割合にも注目している。ウェストミンスター店のような店舗で食料品の売り上げが全体の40%以上になれば、人々が必需品しか購入していないということだ。
08年には不況風が吹くなか約4010億ドルの売り上げを達成したウォルマートだが、経営陣には1つの懸念材料がある。経済が上向けば、節約のためにウォルマートで買い物をしていた高所得層が、お気に入りの店に戻ってしまうのではないかということだ。
そう考えるのも無理はない。59の食料品チェーンを対象にしたコンシューマー・リポーツ5月号のランキングでは、ウォルマートはサービスや生鮮食品の鮮度に問題があるとされて56位だった。
だがウォルマートの成功の理由は安さだけではないとする声もある。店舗を清潔で明るい状態に保ち、商品陳列を改善するのに多額の資金を投じていると言うのだ。「ウォルマートには多くの人が考える以上に底力がある」と、調査会社シンクエクイティーのアナリスト、エド・ウェラーは語る。
この見方が正しければ、好景気、不景気にかかわらず、ウェストミンスター店の従業員たちは朝の体操を続ける必要がある。
[2009年5月27日号掲載]