最新記事

アメリカ経済

ゴールドマンに公的資金を返済させるな

政府支援で立ち直ったように見えても資産の真の中身は見えないまま。銀行の返済を受け入れ自由の身にしてやるのはまだ早すぎる

2009年6月10日(水)16時15分
ラーナ・フォルーハー(ビジネス担当)

 ゴールドマン・サックスはいつも自信満々に振る舞ってきた。無理もない。莫大な富を生み出し、何人もの財務長官も輩出してきたゴールドマンは、数々の伝説に彩られたウォール街最強の銀行だ。

 だとすれば、08年秋に米政府の不良資産救済プログラム(TARP)で受け取った公的資金100億ドルを業界大手で初めて返済すると発表したのも、驚くには当たらないのだろう。だが、ティモシー・ガイトナー財務長官が本当に納税者のためを思うなら、そう簡単にゴールドマンへの貸しをチャラにしてやるべきではない。

 公的資金の返済は4月13日、予想を上回る好決算と同時に発表された。09年1~3月期の営業収益(売上高に相当)は約94億ドル、純利益は約18億ドルと、ライバルの大半がいまだ損失に苦しんでいるのが嘘のような好調さだ。

 一体どうすれば、これほどの利益を挙げられるのか。デービッド・ビニアーCFO(最高財務責任者)の説明によればこうだ。「1~3月期には、真に流動性の高い資産のなかに多くの収益機会があり、流動性の低い資産を買うために流動性を使う必要もなかった。売りに出ている非流動資産で魅力的なものも少なかった」──金融語を話さない普通の人間の言葉に翻訳すれば、「われわれは地球上で最高のトレーダーだ」と言っている。

 そうかもしれない。だが、実力以外の多くの要因が重なった可能性もある。まず決算期変更という幸運な偶然のおかげで、多額の評価損を出した08年12月を決算対象から外すことができた。

富が納税者から銀行に移った

 しかも、好決算の背景に潜む会計上のマジックはそれだけではないかもしれない。ある信用調査会社幹部は匿名を条件に、ゴールドマンの最近の決算の意味を解説してくれた。

 それによれば、ゴールドマンはざっと5850億ドルの「レベル2」資産を保有している。これは、取引が少なくて市場価格が分からない有価証券のうち、過去の売買実績などから価値を推定して資産に算入できるもののこと(5850億ドルという数字は公表されておらず、ゴールドマンは肯定も否定もしていない)。

 つまり、レベル2の資産の価値はかなり恣意的。もしそのうちほんの一部でも、ゴールドマンの推定価値を下回っていれば、それだけで1~3月期の利益は数十億ドル減ってしまう。ゴールドマンの広報担当者は、同社で資産価格の過大評価があったかどうかについてはコメントできないと言う(もしあったとしても、必ずしもすぐに公表する義務はない)。

 独立系の大手信用格付け会社イーガン・ジョーンズ・グループのショーン・イーガンも、ゴールドマンのレベル2資産は過大に評価されている可能性があると言う。さらに問題なのは、現在の開示情報からは判断のしようがないことだ、と彼は言う。

 では、ゴールドマンの好決算は一体何だったのか。同社にとっての金融危機の終わりの始まりを意味するのか、それともウォール街ではおなじみの会計のいたずらにすぎないのか。仮に何か問題があったとしても、「それが問題ではなくなるまで明るみには出ない」と、イーガンは言う。

 ゴールドマンは資金不足で苦しいときに政府の支援を受けた。だが、不透明な会計処理や銀行に対する監督不足などの問題は放置されたまま。英フィナンシャル・タイムズ紙がいみじくも指摘したように、もし財務省の金融活性化策が成功するとすれば、それは「納税者の富を銀行に移転する不透明な方法」のおかげだろう。

その金を受け取ってはいけない

 ゴールドマンの優秀な銀行家たちにとって、逆風下で儲けることぐらいわけないことは皆知っている。ロイド・ブランクファイン会長兼CEO(最高経営責任者)の「謙虚な」態度が、反省というより、公的資金に付いてくる政府の干渉と報酬制限から一刻も早く解放されたい願望の表れだということも(公的資金を返済すれば、ゴールドマンは高い報酬でライバルから優秀な人材を引き抜き、業界での優位を確実なものにできる)。

 だが、銀行の内部で行われていることに対する信頼が回復しない限り、信用市場全体の再生はあり得ない。

 例えば、スタンダード&プアーズ(S&P)やムーディーズといった大手格付け機関が、格付け対象の銀行や企業から報酬を受け取っている利益相反問題は、早くから問題視され議論されている。にもかかわらず今日まで、何も変わっていない。アメリカの銀行システムに対する信頼を取り戻すためには、改革が不可欠だ。

 もう1つの、そしておそらくより根本的な問題は、政府と銀行の癒着だ。財務長官をはじめ政府の要職に多くの人材を輩出しているゴールドマンは、公的資金注入を受けて政府管理下に入った保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)から、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の保険支払いなど債権を丸々回収することが許された。

 ゴールドマンがいくら公的資金を返したがっても、そう簡単に自由の身にしてやるべきではない。ガイトナーには、ゴールドマンなど公的資金を受けた銀行で本当に何かが変わったのかどうかを評価する時間が必要だ。今はっきりしているのは、見た目は良さそうな決算も中身はどうだか分からないということだけなのだから。

 われわれに残された結論は1つしかない。公的資金を早く回収するのがどんなに素晴らしいことでも、今の時点でゴールドマンを政府の目が届かないところに解き放してしまえば、得をするのはゴールドマンだけ、ということだ。

[2009年4月29日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

2月完全失業率は2.4%に改善、有効求人倍率1.2

ワールド

豪3月住宅価格は過去最高、4年ぶり利下げ受け=コア

ビジネス

アーム設計のデータセンター用CPU、年末にシェア5

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中