最新記事

ビジネス

ヘッジファンドは隠れた優良企業

破綻しても金融システムを脅かさず、投資銀行よりはるかに優秀な成績を挙げるヘッジファンド。今後大きなリスクを取れるのは彼らしかいない

2009年6月5日(金)17時36分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

 ヘッジファンドは悪だ。言われなくても、誰もが知っている。ヘッジファンドは大金持ちが仲間ともっと金儲けをするために作った秘密結社のようなもので、彼らの頭の中には法外な値段の芸術品やアメリカ東海岸の高級別荘地ハンプトンズでお城のような邸宅を買うことしかない。    

 アメリカのバブルが過熱し始めた過去数年、米政府当局が心配したのは、規制対象外で実態が謎に包まれたヘッジファンドが金融システムを傷つけることだった。

 08年の金融危機後は、ヘッジファンドは金融株の空売りや投資家の資金の償還拒否などで批判を浴びた。保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)や銀行のシティグループと違い、ヘッジファンドには政府の支援もない。多くの人が、ヘッジファンド業界は崩壊して葬り去られると思っていた。

 現実はそうはならなかった。多くのヘッジファンドが破綻したのは事実だ。調査会社ヘッジファンド・リサーチ(HFR)によると、08年には6845本のファンドのうち過去最多の1471本が清算された。4月21日の同社のリポートによると、業界の運用資産は07年末から09年3月末までに6000億謖減って1兆3300億謖になった。09年1~3月期の資金流出は1040億謖に達した。

 だが重要なのは、業界の整理が粛々と進行し、金融システムにはほとんど何の影響もなかったということだ。延々と続くホラー映画のような銀行危機(タイトルを付けるなら「ゾンビ銀行の長い夜」)と比べると、ヘッジファンド業界で起こったことは、ほとんど健全で不正もなかった。

 それこそが資本主義のあるべき姿だ。無能な会社は倒産し、優秀な連中が残って後片付けをする。ヘッジファンド業界は、危機に当たって特筆すべき回復力を見せた。 09年1~3月期の平均運用成績は、プラス0・53%だった。

 HFRのケネス・ハインツ社長によれば、ヘッジファンドの運用成績はピンからキリまである。過去12カ月の運用成績は、最下位グループではマイナス59%だが、最上位グループではプラス33%に達する。業界平均ではマイナス19%だ。

業界の潔白が証明された

 ひどい成績に聞こえる。だが株式で運用するファンドは同じ期間に約40%下落している。長期では、ヘッジファンドの成績はさらに優秀に見える。スタンダード&プアーズ(S&P)500社株価指数の過去10年間の運用成績が惨めなマイナス26%なのに対し、大手ヘッジファンドは100%超に達している。「ヘッジファンド業界の潔白は見事に証明されたと思う」と、米金融情報誌グランツ・インタレスト・レート・オブザーバーのダン・ガートナーは言う。「投資銀行よりはるかにましだ」  

 実際、ウォール街の今の苦境の大半は、ヘマを重ねた大手投資銀行と、ヘッジファンドのように振る舞おうとした他の金融機関が招いたものだ。なかでも悪名高いのがAIG。FRB(連邦準備理事会)のベン・バーナンキ議長は同社を、「大きく安定した保険会社」にくっついたヘッジファンドと呼んだ。それも、極めてたちの悪いヘッジファンドだ。

 本物のヘッジファンドも多くが運用に失敗した。だがAIGやシティグループと違い、投資でしくじったファンドは、経済に波風を立てることもなく市場から姿を消した。数千億謖を運用する大手もあるが、システミック・リスクをもたらしたファンドは1つもない。

 98年に破綻し、危うく金融システムを道連れにしそうになったロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は、証拠金も積まずに膨大な借金をして投資をしていた。だが、そんなヘッジファンドの時代は終わったのだ。

 一方、ヘッジファンドの勝ち組のなかには、ウォール街でも時代の最先端を行く人材がいる。エリオット・アソシエーツを率いるポール・シンガーは、06年のリポートでサブプライムローンの証券化市場は歴史的な詐欺と宣告し、並外れた洞察力を示した。「人類はずっと錬金術に夢中だった......その偉業がついに達成されたのだ」と、皮肉たっぷりに彼は書いた。

 優秀なヘッジファンドの運用担当者はしばしば、早期警戒システムとしても機能した。エネルギー大手のエンロンの破綻前、フォーチュン誌に「エンロン株は過大評価か」という記事を書く材料を提供したのは、キニコス・アソシエーツのジム・チャノス社長だ。エンロンが粉飾の塊であることを示唆した最初の本格的な記事だった。

 ヘッジファンドも万能ではないが、他の市場参加者が機能不全に陥っている現状では、未来への道を示し得る貴重な存在かもしれない。サブプライム危機は、ウォール街に次の3つの教訓をもたらした。

■証券化してそれを束にして売り飛ばせば、リスクはなくなるという虚構を捨て去ること。リスクは金融機関の中に留め置き、注意深く監視しなければならない。個人顧客に融資する銀行には、貸し倒れリスクを自ら負わせ、投資銀行には簿外取引をやめさせてすべてをバランスシート(貸借対照表)に記載させる。

■大金を扱う社員の報酬は運用成績と連動させる。無謀な賭けをすれば自分も損をするように。

■金融制度は抜本的に変えなければならない。シティグループが目指した「金融のスーパーマーケット」モデルは醜悪だった。米議会は銀行と証券の分離を定めたグラス・スティーガル法の復活を検討すべきだ。「『大き過ぎてつぶせない』ものは今や『大き過ぎて存続もさせられない』存在になった」と、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授で金融・経済危機が専門のサイモン・ジョンソンンは最近、議会でこう証言した。

 ヘッジファンドのビジネスモデルは、この3点すべてで参考になる。グランツ・インタレストのガートナーは、過去に学べるかもしれないのはグラス・スティーガル法だけではないと言う。

 ウォール街で長期的に最も成功したビジネスモデルは、かつてのブラウン・ブラザーズ・ハリマンやゴールドマン・サックスのようなパートナーによる共同経営方式だ。投資に必ずオーナーの資本が使われる組織形態のため、リスク審査もいや応なく慎重になる。多くのヘッジファンドも同様に、運用担当者が自分が運用するファンドに多くの自己資金を投じている。

 私たちがこの2年ほどで1つ学んだことがあるとすればそれは、ウォール街のプレーヤーのほとんどがリスクを理解していなかったということだ。われわれが未来を託せるのはリスクを理解していた者だけで、そうでなかった者には二度とリスクを取らせないようにしなければならない。

 後者のうち大手銀行は、電力を安定供給する電力会社のように振る舞うべきであり、証券会社は証券の委託販売や売買仲介という基本に戻って、自己売買などは忘れるべきだ。将来、大きなリスクを取ってもいい権利を獲得したのは、ひょっとするとヘッジファンドだけかもしれない。

[2009年5月 6日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、鉱物資源協定まだ署名せず トランプ氏「

ビジネス

中国人民銀総裁、米の「関税の乱用」を批判 世界金融

ワールド

米医薬品関税で年間510億ドルのコスト増、業界団体

ワールド

英米財務相が会談、「両国の国益にかなう」貿易協定の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中