最新記事

金融

AIGが抱える次の爆弾

健全とされた保険部門の支払い能力に重大な疑惑が浮上。「ボーナス問題」以上の大惨事が起きかねない

2009年4月22日(水)19時13分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

言語道断だ──バラク・オバマ大統領とベン・バーナンキFRB(連邦準備理事会)議長は、米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)への怒りをそう表現する。

 昨年9月、米政府の管理下に入ったAIGは、これまでに少なくとも1700億ドルの公的資金を受け取った。そのうち1億6500万ドルを、経営難を招いた無能な幹部社員らにボーナスとして支給。1000億ドル以上をゴールドマン・サックスなど取引相手への支払いにあてていたとされる。

 だがAIGに対する国民の怒りが頂点に達するのは、まだ先のことかもしれない。保険専門家トーマス・ゴーバーの恐ろしい分析が正しければ、今後とんでもないことが起きてもおかしくない。

 ゴーバーは業界の不正を23年追い続けたミシシッピ州の元ベテラン保険調査官で、FBI(連邦捜査局)や司法省の顧問も務めた。彼によれば、健全とされるAIGの保険部門は、大損失を出した金融商品部門と同じくらい大きな問題をかかえている可能性がある。

 各州の保険規制当局や格付け会社は、AIGの保険事業は「健全」との評価を繰り返している。だがゴーバーに言わせれば、その実態は「トランプでできた家」だ。当局から入手した大量の資料やAIGの300謨に及ぶ年次報告書のデータを分析すると、国内の保険子会社71社が互いに巨額の借金を重ねていることは明らかだと言う。

 ゴーバーによれば、この隠れた大問題は「再保険」に集中している。再保険とは保険会社のための保険で、別の保険会社に保険責任の一部または全部を引き受けてもらってリスクを分散する仕組みだ。保険大手の多くは他社の再保険に加入しているが、AIGは再保険契約の大部分を子会社間で結んでいる。こうした子会社のバランスシート(貸借対照表)にはつじつまが合わない数字があると、ゴーバーは指摘する。

 AIGの子会社アメリカンホーム保険の年次報告書によると、同社は別の子会社である損害保険会社ナショナル・ユニオン・ファイアーに250億ドルの負債がある。だが、アメリカンホームの運用資産総額は220億ドルしかない。さらに同社は複数の企業に総額220億ドルを保証しているという。

 「アメリカンホームの資産と流動性を考えれば、ナショナル・ユニオン・ファイアーに借りた金を返せるかどうかは非常に疑わしい」と、現在は保険契約者のためのコンサルティング会社を経営するゴーバーは言う。

 彼によれば、AIGの子会社の間にはこうした「不正な帳簿」が多い。各州の規制当局の報告書から推測するかぎり、AIGの損失総額は同社が認めている金額を数千億ドル上回る可能性もあるという。

 問題の兆候はあった。82〜05年にAIGの副社長(再保険部門担当)を務めたクリスチャン・ミルトンは昨年、粉飾決算の共謀容疑や詐欺容疑で有罪判決を受けた(弁護団は控訴する方針)。

トリプルAを誇ったが

 AIG側は強く反論している。「ゴーバー氏の分析には、当社の商業保険事業のグループ内リスク分担方法や、法定会計の基礎への理解が欠けている」と、マーク・ハー広報担当は言う。「下院金融委員会が(3月18日に)開いたAIGに関する公聴会でも、ペンシルベニア州のジョエル・アリオ保険監督官が、当社の保険子会社の経営は今も健全であり、自己資本も充実していると証言した」

 だが、もしゴーバーのほうが正しいなら、恐ろしすぎる事態に発展しかねない。株価こそ低迷しているものの、AIGは今もアメリカ最大手で、傘下に国内1位の生命保険会社と国内2位の損害保険会社をかかえる。アメリカでの顧客数は3000万人にのぼる。

 確定拠出型企業年金401k向けの元本・利回り保証契約型保険商品も手広く扱い、商業保険会社としても国内最大。130カ国以上で保険・金融事業を展開する世界有数の保険会社でもある。

 こうした保険事業はきわめて健全だとされていたため、AIGはかつて最上級の格付けAAA(トリプルA)を得ていた。その格付けを武器に始めたのが、金融商品などの損失を肩代わりする保険のようなクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の販売だ。

規制する連邦機関はない

 国民の間では、幹部への高額ボーナス支給とともに、AIGが公的資金の大部分をCDS取引先への支払いにあてたことへの怒りが高まっている。だが数千万人の保険契約者が損失の危機にさらされているとしたら、もっとすさまじい反発が起きるかもしれない。

 ゴーバーの主張には下院金融委員会も注目している。一方、上院銀行委員会のリチャード・シェルビー議員は先週開催された一連の公聴会で、AIGの保険業務は同社が主張するほど健全なのかと疑問を投げかけた。

 「AIGの子会社、とりわけ損保各社は素晴らしい経営状態にある」と、ニューヨーク州保険局のエリック・ディナロ局長は答弁した。だが調査したのはAIGの国内グループ企業のうち25社だけであることを認め、こうつけ加えた。「州の保険規制には問題がある。私は以前から制度を見直すよう提案している」

 真の問題はそこにある。AIGは各国の規制の違いを最大限に活用。どの国の政府の監督権限も及ばない業務をつくり出し、野放図に活動してきた(AIGは、経営上の問題があるのはロンドンの金融商品部門だけだと強調)。

 包括的な規制を受けずにすんだからこそ、AIGの金融商品部門はリスク低減策を取らずにCDSを世界中で売りさばくことができた。彼らはCDSの支払いを一度に迫られることはありえないと考えていた。だが、そのありえないことが起きた。

 AIGは「規制の大きな抜け穴を悪用した」企業であり、その金融商品部門は「大規模で安定した保険会社」に付属するヘッジファンドのようなものだったと、バーナンキFRB議長は3月3日に開かれた上院予算委員会で語った。問題はそれだけなのか。

 保険事業の規制にも大きな穴がある。州ごとの規制機関はあるが全米を監督する連邦機関はないと、ある米政府高官は指摘する。

 アメリカはとんでもない問題を見過ごしているのではないか。もしそうだとしたら、新たな大惨事が起きるかもしれない。 

[2009年4月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

モディ印首相、中国との「関係改善に尽力」 習主席と

ワールド

インドネシア大統領、訪中取りやめ 首都デモが各地に

ビジネス

中国製造業PMI、8月は5カ月連続縮小 内需さえず

ワールド

ロシア軍参謀総長、前線で攻勢主張 春以降に3500
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 5
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 6
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    「体を動かすと頭が冴える」は気のせいじゃなかった⋯…
  • 10
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 10
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中