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米金融ガイトナー財務長官、2カ月目の真骨頂
就任以来、失策と空約束で市場を失望させ続けた男が、金融安定化策の詳細発表でマーケットをうならせ、本物の指揮官に変身した
ティモシー・ガイトナー米財務長官は、笑顔で上機嫌だった。とてもリラックスしている。彼は人生で最も重要な1週間を無事に切り抜けたところだ。だがそのことについて尋ねると、たちまちいつものまじめくさった真剣な表情に戻り、金融危機はまだ峠を越えたわけではないと強調した。
「確かにうまくいった。だが世間の反応ほど気まぐれなものはない。今後長い間、私はいろいろと不人気な政策を実行していかなければならない」。先週後半、初代財務長官アレグザンダー・ハミルトンの肖像の険しい目が光るオフィスで、ガイトナーはそう語った。
この部屋で彼がこれほどくつろぐのは、初めてのことかもしれない。1月26日に財務長官に就任してからの2カ月間、バラク・オバマ大統領の金融危機対策の司令塔を任された童顔の秀才は、へまばかりしているように見えた。
演技力にも問題はあった。ワシントンの賢人らしい低い声でもなければ白髪でもない。テレプロンプター(原稿表示装置)を生まれて初めて見るもののように凝視する癖もあった。
とはいっても、市場や専門家を失望させたのは優柔不断で中途半端に見えた彼の政策だ。批判は日増しに激しさを増していった。
コメディアンのビル・マーは、車のヘッドライトに驚いて立ち尽くした鹿の写真をガイトナーの写真と一緒に張り出し、オバマは鹿を雇ったほうがいいと皮肉った。ブロガーたちはマコーレー・カルキン主演のヒット映画を引き合いに出して、スタッフのなり手がいない財務省でガイトナーは『ホーム・アローン』だとジョークを飛ばした。共和党のコニー・マック下院議員に辞任を要求されたこともある。そのほうが「国のため」だとマックは言った。
この2カ月は「学習期間」
だが少なくとも当面は、再び辞任要求にさらされることはないだろう。3月23日、ガイトナーは市場が待ちに待った金融安定化策の詳細を発表。議論の余地は残ったものの、今度こそ効果が期待できそうな政策に株式市場は「魅了された」と、ニューヨーク・タイムズ紙は書いた。
さらに26日には、1933年に銀行と証券の兼業禁止を定めたグラス・スティーガル法以来の大規模な金融規制改革案を発表した(グラス・スティーガル法は99年に撤廃され、それが今回の危機の一因とも言われている)。デリバティブ(金融派生商品)やノンバンク、ヘッジファンドなどの規制も含むその改革案は、ガイトナーが90年代に財務省で働いていた頃には敬遠された内容だ。
何より、ガイトナーはようやく主導権を握ったようだった。議会での証言も自信に満ちていた。ホワイトハウスにも安堵の雰囲気が漂っている。金融不安から株価が暴落した先々週と比べ、「発熱は収まった」とラーム・エマニュエル大統領首席補佐官は本誌に語った。珍しく取材に応じたベン・バーナンキFRB(連邦準備理事会)議長も、ムードの変化に大きく寄与したガイトナーを称賛した。「彼は並外れた集中力を持ち、有能で洞察力がある。市場についての知識も豊富だ」
大統領上級顧問のデービッド・アクセルロッドは、過去2カ月はガイトナーの「学習期間」だったと言う。オバマと同じ47歳のガイトナーは、この20年間にさまざまな金融危機と戦ってきた。だが今回ほどの大惨事の中心でスポットライトを浴びたことは、もちろんない。「主役を張るのはこれが初めてだ」と、アクセルロッドは本誌に語った。「大きな権力を持つ公的地位で、芝居がかりでさえあるこの役回りは、彼が過去に経験したことのないものだ」
実力の有無ではない。過去の財務長官も、全知全能のオーラを獲得するには危機を収拾してみせなければならなかったと専門家は指摘する。ガイトナー自身、危機対策に集中することで正気を保ったという。仕事を成し遂げ、困難な決断を下し、評論家の日々の阿鼻叫喚に惑わされるのではなく、自らの政策判断が効果を表し始めたときの成果に考えを集中する。
ガイトナーは就任時から不幸なスタートを切った。1月20日のオバマ大統領就任直後に、過去に国税当局から納税漏れを指摘されていたことを認めざるを得なくなった。議会上院は、賛成60、反対34票で彼の長官就任を承認したが、34票の反対票は第二次大戦後の財務長官で最悪の記録だ。
ただでさえ目立つことが嫌いなガイトナーはそのせいで、米政府内と金融業界に有無を言わせぬ指示を飛ばしているべきときに、負い目を感じなければならない立場になってしまった。
圧倒的な力で危機を制す
評論家の言う「過剰な約束」をしてしまう傾向もあった。彼は90年代前半に財務省の一員としてバブル崩壊後の日本に行った経験についてメディアに話し、対策が遅れた日本の二の舞いにならないよう「圧倒的な力」をもって危機を制すると言った。
コリン・パウエル元国務長官はかつて、圧倒的な力で短期間の勝利を目指す戦争スタイル「パウエル・ドクトリン」を提唱したが、その経済版だ。だが大規模で具体的な政策が即座に出てこないと分かると、市場は失望した。
疲れ切ったガイトナーと彼のスタッフは、約8000億ドルの景気刺激策や金融機関に対する巨額の資金供給などを60日でやり遂げたことが信じられないと言う。「6週間、いや8週間? オーケー、8週間か」と、健康そうで服装も整ったガイトナーは少し興奮気味に言った。「われわれが成し遂げたことを見てもらいたいね」
ガイトナーは非公式には、物事を整然と運ぶ手法を誇りとしている。マーケットなど知ったことか、というわけだ。政府が保証し官民共同で銀行の不良資産を買い取る彼の計画を激しく非難する声もあるが、相手にしていない。
批判派の1人はノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンだ。クルーグマンは、ガイトナーの不良資産買い取り計画はウォール街の金融機関に贅沢な施しを行うもので、銀行の財務内容の改善にも役立たないと主張する。
批判派が代わりに主張する案をガイトナーは「大手金融機関の先制国有化案」と呼び、鼻で笑う。世論が金融機関の救済に猛反発している以上、政府に今以上のことをする力はないと彼は言う。厳密にはまだ破産もしていない銀行を政府が単に乗っ取ることはできない。「それらの銀行を殺して損失を政府がかぶる羽目にもなりかねない。政府が迅速に介入して迅速に撤退できる方法などない」
昨年秋に事実上の政府管理下に入った保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)は、国有化がいかに難しいかを示す好例だとガイトナーは言う。「政府は最初から株式の80%を取得した。経営陣を入れ替え、取締役会の構成も変えたのだから、国有化のようなものかもしれない。AIGは自力で経営ができなくなっていた。債務不履行の寸前だった。今も、健全な事業が少しずつ失われていっている」
財務省高官とFRB関係者は同時に、4月末までに終える予定の資産の査定の結果次第で、大手銀行数行にかなりの額の資本注入をしなければならない可能性を認める。だがそれも「国有化」ではない。「その方法で問題は解決できない」と、ガイトナーは言う。
失敗すれば生贄で辞任も
オバマは終始一貫してガイトナーを信じてきたと、エマニュエルとアクセルロッドは言う。2月、アリゾナ州フェニックスからの帰りの飛行機で、ガイトナーはオバマと長時間話をした。オバマはガイトナーに、金融安定化の具体策作りを手間取らせる「制約」の数々を理解すると言った。ガイトナーはしばしば、政権内で一番の理解者はオバマだと感じる。
それでもオバマは、ガイトナーの足を引っ張ったことがある。2月9日の演説で、翌日ガイトナーが金融機関の不良債権処理のための「明快かつ具体的な政策」を発表する、諸君も財務長官を見直すだろう、と宣言したのだ。
政権関係者によると、ガイトナーはその時点で、自分がまだ作成中だった枠組みの曖昧さが市場を動揺させることを覚悟した。オバマの性急な情熱に対し、打つ手はなかったという。
「大統領は安っぽい娯楽を求める観衆のために部下を送り込んだりしない」と、アクセルロッドは言う。「ガイトナーは司令官に指名され、全面戦争の真っただ中に降下した。自分の位置を把握するには時間がかかるものだが、彼はもう把握したと思う」
ガイトナー自身も認めるように、道のりはまだ遠い。彼は4月2日にロンドンで開かれるG20首脳会議(金融サミット)に出席する。各国から批判も浴びるだろう。
最も忠実なガイトナーの支持者たちでさえ、彼に対する評価はまたいつでも批判に転じかねないと考えている。「たぶん09年の間は安泰だろう」と、ガイトナーをよく知る元ニューヨーク連邦準備銀行幹部は言う。だが、もし来年になっても景気が上向かず、金融機関に投じた何兆ドルもの公的資金の使い道に無駄や不正が見つかれば、「オバマにはいけにえの子羊を差し出せという圧力がかかるかもしれない。そのとき、ガイトナーはその筆頭候補だろう」。
これまでに実施した金融支援策に疑問はあるかと聞くと、ガイトナーは笑って「常にある」と言った。だが「両側から飛んでくる批判に臆病になったりひるんだりしていたら、何も行動できないで終わってしまう」。
ガイトナーは少なくとも、鹿のように立ちすくんではいない。
[2009年4月 8日号掲載]