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中国はなぜ横暴か

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権益を脅かす者には牙をむく
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2010.10.26

ニューストピックス

中国はなぜ横暴か

2010年10月26日(火)12時07分
ジョシュア・カーランジック(米外交評議会研究員)、長岡義博(本誌記者)、アイザック・ストーン・フィッシュ(北京特派員)

 その「誰か」は温首相だとみられている。温は式典に先立つ8月中旬、深センを訪れ「停滞や後退は中国を死に至らしめる」と、政治改革の必要性を訴えていた。温は党内の軍を含む一部エリート層から敵視されているらしく、領土問題に関する強気の国連演説も彼らに配慮したのかもしれない。

 強力な権力基盤を持たない胡や習は、軍部に迎合する必要性を重々認識している。中国政府高官さえ、来年以降も政権内では緊張が続くと嘆いている。

 強硬姿勢を強めているとはいえ、中国にも中国なりの理屈がある。尖閣諸島沖の漁船衝突事件も、取り締まりの正当性を強調する日本とは異なる理屈で捉えている。

 日中間には97年に締結された日中漁業協定があり、尖閣諸島周辺においては自国領海内で他国の船舶が違法操業しても、それを取り締まることが原則的に禁じられている(仮に拿捕した場合でも、速やかに釈放されることが多い)。そのため中国は、今回の尖閣問題における日本側の一連の対応を日中漁業協定に違反した行為と解釈している。

 日本側は退去警告した後、中国漁船が巡視船に体当たりして逃走したと説明しているが、中国人政治学者の趙は「日本側による停船命令、そしてその後の逮捕や国内法の適用は明らかに協定を超えた行為で、中国側は挑発されたと受け止めている」と指摘している。

好意的イメージを失う?

 ただし強気一辺倒の姿勢を貫けば、中国は大きな代償を払うことになる。中国とASEANの自由貿易協定(FTA)が今年発効し、中国は東南アジア諸国最大の貿易相手国になったが、アジア全域からの反発で10年にわたって培ってきた好意的なイメージが台無しになるかもしれない。オーストラリアのロウイー国際政策研究所が今年まとめた報告書は「ほとんどのアジアの国は中国の台頭をアメリカへの戦略的対抗手段として利用するより、アメリカへの依存を続けるだろう」と分析している。

 ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所の調査によれば、アジアのエリート層のほとんどは向こう10年間この地域に平和をもたらすのはアメリカで、逆に最も脅威なのは中国だと考えている。

 それ故、東南アジア諸国はアメリカの軍事的な存在感の拡大を歓迎している。同じ共産主義国として中国と親密な関係を築けるはずのベトナムはアメリカと戦略的対話を始め、アメリカがベトナムにウラン濃縮技術を提供する原子力協定の締結に向けて交渉に入った(ウラン濃縮技術は中国がかつてベトナムに提供しようとしていた)。ベトナムは今後10年以内にシンガポールを除けば東南アジアで最も親密なアメリカの同盟国になるかもしれない。

 最近中国が熱心に接近しているインドネシアも、今年アメリカとの軍事協力を含む新たな「包括的協調関係」を樹立する。先月ニューヨークで開かれた米・ASEAN首脳会議で、インドネシアのマルティ・ナタレガワ外相はアメリカを南シナ海の領有権問題から排除するよう求めた中国の申し出を公然と拒否した。

 中国の援助に依存するカンボジアでさえ、アメリカとの新たな軍事協力に踏み出した。今年両国が実施した共同軍事演習は「アンコールの番人」と名付けられた。

中国とアジアの「新冷戦」

 同時に、多くのアジア諸国が中国に対抗するための連携を強化している。ベトナムは最近、日本とも原子力協定締結のための対話を開始。インドは国内のインフラ整備に日本から莫大な投資を受け入れた。本来ならば、中国企業が進めていてもおかしくないプロジェクトだ。

 さらにほとんどすべての東南アジア諸国が軍事費支出を増大させている。ストックホルム国際平和研究所の調査によれば、東南アジアの武器購入支出は05年から09年の5年間で倍増。ベトナムは最近、24億㌦でロシア製の潜水艦と対艦攻撃機を購入した。

 ベトナムやマレーシアなど、最近になって兵器を調達した国々が域内で軍事的脅威に直面していないことを考えれば、兵力増強の目的は中国に対抗するためだけだ。

 対する中国も毎年15%のペースで軍事費を増やしている。中国と近隣諸国との軍事的緊張はまだ序章にすぎない。ただそれは「中国対アジア」という新しい冷戦の第1幕なのかもしれない。

[2010年10月13日号掲載]

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