コラム

どうして日本は6年間に6人の総理を取り替えたのか?

2012年11月28日(水)11時50分

 今回『チェンジはどこへ消えたか オーラをなくしたオバマの試練』という本を出版しました。2008年には「チェンジ」であるとか「イエス・ウィ・キャン」といったメッセージで全米を席巻し、2009年に就任すると「核廃絶のプラハ演説」や「カイロでのイスラムとの和解演説」などを評価されてノーベル平和賞を受賞したオバマですが、結局は1期目の4年間では「チェンジ」はできなかったのです。

 その「結果」は世論にある種の落胆を感じさせました。ですが、それでもオバマは再選されたわけで、その理由を探る中から「向こう4年間」のアメリカの進路を読者の皆さまとご一緒に考えていきたい、それがこの本の主旨です。

 それにしても、アメリカの失業率は辛うじて8%を切ったばかりで、景気の戻りには強さは全くないわけです。また若者の雇用に関しては依然として状況は厳しく、この本の中でも取り上げましたが「ウォール街占拠デモ」というのは「深層心理においてはオバマへの異議申立て」でもあるわけです。

 では、それほどに問題を抱え、それこそ「オーラをなくした」オバマに対して、どうしてアメリカの有権者は信任あるいは「4年の猶予期間延長」を与えたのでしょうか?

 相手のロムニーが「どうしようもないほど無能」だったわけではありません。景気と雇用が問題といっても、現職に怒りをぶつける必要がない程度の「穏やかな危機」だったのかというと、決してそんな甘い状況でもないのです。では、どうして再選されたのかというと、詳しくは本書をお読み頂たいのですが「最終的には中道実務家同士の決戦」となる中で、有権者は冷静にオバマを選択したのだと思われます。

 一方の日本ですが、今回の総選挙で仮に野田政権が終わるとしたら、6年間に6人の総理を取り替えることになります。安倍、福田、麻生、鳩山、菅、野田と、それぞれに決して低くない支持率を獲得してスタートしながら1年前後で支持率は「危険水域」に落ち込んで交代に追い込まれています。

 どうしてなのでしょう?

 政治家の能力が低い一方で、有権者が移り気なのでしょうか? あるいは、世論の要求する政策を実施しようとしても、政権を担って実務的な実態を掌握してみると全く実行不可能だと分かって挫折する、その繰り返しだからでしょうか?

 違うと思います。そこには構造的な理由があると考えます。

 有権者が政権に対して心の底から望んでいることと、選挙の争点にズレがあるのです。それは「景気と雇用」ということです。アメリカの有権者と全く同じように、日本の有権者も全体としては「景気と雇用」という問題に関して、たいへんな危機感と不満感を持っています。ですが、この問題がどうしても選挙の争点にならないという構造があるのです。

 どうして「景気と雇用」の問題が争点化しないのでしょうか?

 それは、日本の雇用制度を前提にすると、現在の状況では即効性のある政策はないからです。それどころか、貿易の自由化にしても、国内の規制緩和にしても、効果の方はゆっくりと現れる一方で、正しい政策を実施しても最初に「痛み」という副作用が避けて通れないものが多いわけです。

 そうなると、政治家には改革を争点にすることのメリットはなくなるのです。一方で、一年も総理大臣をやっていると改革を行わないことの弊害は、どうしても表面化してしまいます。まさに「景気と雇用」の悪化が顕在化するわけです。そこで政権は有権者の憎悪の対象でしかなくなる、その繰り返しが続いているように思われます。

 では、有権者が愚かなのでしょうか? 既得権益にしがみつく我欲、安易に絶望して投票行動を放棄する愚昧に問題があるのでしょうか? それも違うと思います。高齢者は自分の健康と経済状態に底知れぬ不安感を抱えて生きているのであり、若者は若者で自分の納得する選択肢は本当にないと思い詰めてしまっているのだと思います。

 問われるべきはジャーナリズムの質です。選挙戦の人間ドラマを伝えて遊んでいるヒマはもうないわけで、とにかく、今回の選挙戦では、景気と雇用という有権者の最大の関心事にフォーカスして、有権者の選択の手助けをしてもらいたいと思います。

<お知らせ>
ブログ筆者の冷泉彰彦氏がオバマ政権2期目の課題を展望する『チェンジはどこへ消えたか オーラをなくしたオバマの試練』(ニューズウィーク日本版ぺーパーバックス)が、先週発売されました。詳しくは当社サイトの書籍紹介ページをご覧ください。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story