コラム

日本ではリトルリーグはどうして注目されないのか?

2010年09月01日(水)10時53分

 8月29日の日曜日、ペンシルベニア州ウィリアムズポートで毎年行われる「リトルリーグ・ワールドシリーズ」で、日本代表の江戸川南リトルが、アメリカのハワイを4対1で破り、日本としては2003年に武蔵府中が優勝して以来、7年ぶりに世界チャンピオンの座を奪還しました。このリトルのワールドシリーズというのは、アメリカでは大変にメジャーなイベントで、16チームが4グループに分かれて参加する予選トーナメントと準決勝はスポーツ専門局のESPNが、そして決勝戦は3大ネットワークの1つABCが全国中継するという扱いになっています。

 実は、日本はこの「ワールドシリーズ」上位の常連で、2003年の前は2001年が東京の北砂、その2年前の1999年は大阪の枚方が世界一になっています。ウィリアムズポートにある、ワールドシリーズ専用球場に併設された「リトルリーグ博物館」には毎年の戦績をたどるコーナーがあるのですが、そこへ行けば日本のリトルリーグは大変な存在感を持っているのです。

 このウィリアムズポートというのは、アメリカの少年たちにとって、そして少年野球指導者たちにとっては正に「聖地」です。というのは、今の制度では日本の場合は、優勝チームはそのまま各国代表トーナメントの8チームの1つとして、この世界大会に参加できる(2007年から)のですが、アメリカの場合は、確かに8チームのアメリカ地区代表がトーナメントに出場できるものの、その8チームの1つになるためには、その町のリーグを構成する多くのチームから選抜した「町のオールスター」をまず結成し、それが郡とほぼ同じ「ディストリクト」で優勝しなくてはならないし、更に次の段階で州の地区優勝、州のチャンピオン、中地区チャンピオンと勝ち抜いて初めて、米国のベスト8に辿り着くのです。

 ですから、アメリカのリトルの側からすると、そうやって最後は米国のチャンピオンになって、その先に各国チームのトーナメントと準決勝を勝ち抜いた相手に「胸を借りる」という感覚があるのです。随分昔の話になりましたが、私の子どもがまだ小さくてリトルの選手だった頃に、大変世話になったデイブという監督さん(私の町内で本職は建築事務所経営)と一緒にチーム全体で「リトル博物館」へ行ったことがあります。その際に彼が、日本の優勝チームの紹介パネルを見ながら「俺は町のチームを少し勝たせるだけでも大変なのに、世界一になるなんていうのは、どんな監督さんなんだろう」とはるか上を仰ぎ見るような顔で言っていたのを思い出します。

 今年の大会は本当に厳しい試合が続きました。まず、江戸川南にとっては各国リーグで2度当たったメキシコとの戦いが壮絶でした。最初の対戦は負けゲームを最後に逆転3ランでひっくり返し、2度目の対戦も2対1という僅差で守りぬいたことが大きかったと思います。とにかくここ数年、日本チームはトーナメントや準決勝で、メキシコに敗れて決勝進出を逃すことが何回かあったからです。これに加えて、準決勝の台湾戦も延長に入ってのサヨナラ勝ちというドラマチックなものでした。

 今回は、ESPNの野球解説者として、ボビー・バレンタイン氏(前ロッテ監督)と、引退したばかりの新人評論家のノーマ・ガルシアパーラ氏(元レッドソックス、ドジャース、アスレチックスなどの名遊撃手)が素晴らしいコメントをつけていたのが印象的でした。特にバレンタイン氏は、時折江戸川南の監督さんのコメントを「超訳」をつけて紹介したり、日本の野球事情を説明したり、徹底的に日本野球の素晴らしさ、日本の子供たちの素晴らしさをアメリカの視聴者に訴え続けていました。まるで日本の野球大使と言ってよく、日本の野球界としては感謝してもしきれないぐらいの内容でした。ちなみに、その江戸川南の監督さんは有安信吾監督といって、長年チームを率いており、松坂大輔投手が在籍していた時の指導者でもあるなど、大ベテランだそうです。

 これだけの素晴らしいドラマ、しかも日本チームがアメリカの大舞台で活躍している姿が、残念ながら日本ではTV中継がほとんどされていません。そのために、話題性にも乏しいのは何とも寂しい限りです。この問題に関しては、私としては色々と理由を考えてきました。「リトルは、高校野球より低年齢なのに、企業の協賛などがあってカネの匂いがするので、『純粋』が大好きな日本の野球ファンには違和感があるのでは?」とか「余りにも実力主義なので抵抗がある?」、「高校が丸刈りなのに、より若いリトルの選手は長髪で違和感がある?」(今年の江戸川南は丸刈りで、逆にアメリカでは違和感がありましたが、バレンタイン氏はこの点も擁護していました)、「放映権料が高い?」などと、あれこれと悩んだものです。

 ですが、問題はそんなに複雑な話ではないのかもしれません。要は、この12歳から13歳のレベルの野球というのは、日本では圧倒的に軟式が主流なのです。警察や商工会などが支援して行われている小中学校レベルの地区少年野球も、各中学校の野球部も、みんな軟式なのです。ですから、同世代の野球少年やその親にとっては、リトルの硬式野球というのは、余りなじみがないのだと思います。その結果、多くの野球少年や野球ファンに取って、リトルというのは少数の野球エリートを中心とした遠い存在になってしまっているのではないでしょうか?

 では、どうして軟式なのかというと、これはインフラの問題に尽きます。中学の校庭で他の部活に混じって練習する、大きな公園に併設された野球場で試合をする、そうした場面では硬球は使えません。硬式野球というのは、あくまでしっかりネットを張り、選手以外がグラウンドに入れないようにした専用の施設でないと危険なのです。そして、日本は「野球大国」であるにも関わらず、硬式野球のできる施設は極めて限定されています。高校の専用グラウンドか、河川敷など一部の野球場だけなのです。リトルの場合は、大人の野球よりもダイヤモンドが狭いので、より専用の施設が必要ということもありますが、それ以前の話として硬球を使ったキャッチボールをする場所もないという事情が大きいのだと思います。

 その点では、少子化により学校施設には余剰が出てきていますし、地価も下落しています。今、改めて日本全体として野球関連施設のインフラ整備、そして少年野球の硬式化とリトルの拡大による硬式野球の「裾野の拡大」ということに取り組めないでしょうか? 小さなうちから硬球に親しめば、硬球の手応えを通じた「野球への愛」もより深くなるように思うのです。一昨日はドジャースの黒田博樹投手が好投して心意気を見せてくれましたし、日本野球はまだまだアメリカでの存在感を保っています。どんなに世の中が変わっても、野球だけは日本で楽しくプレーがされ、楽しく観戦され、そして世界の一流の水準を保ってもらいたい、心からそう思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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